『残月記』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
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『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ステイホームは江戸で』
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[本の森 医療・介護]『残月記』小田雅久仁/『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ステイホームは江戸で』山本巧次
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
凄まじい密度の医療小説が登場した。小田雅久仁『残月記』(双葉社)だ。
小田は寡作な書き手で、二〇〇九年のデビューからこれが三作目の著書である。三篇を収めた作品集なのだが、表題作を読んで飛び上がるほどに驚き、興奮した。ファンタジーの技法を使ってはいるものの、これは現代日本の戯画ではないか。
架空の月昂という病を巡る物語である。この病の感染者は月の満ち欠けに体調が支配される。明月期と呼ばれる間は心身が超人的な能力を発揮するのだが、月に一度昏睡状態に陥ってしまう。その後目覚めず、死を迎える確率は三パーセントである。
近未来、未曾有の大震災を機に独裁国家が成立した日本が舞台の物語である。政府は感染症拡大を防ぐため、月昂者と呼ばれる感染者を徹底して隔離する方針をとった。医療目的とは言うものの、ほとんどの人権を剥奪される収容施設に隔離するのである。この図式が、かつてのハンセン病を巡る非人道的なありようをなぞっていることは言うまでもない。大義名分さえあれば国家は個人を可能な限り蹂躙しようとする。その恐怖を、病を軸として描いた小説なのだ。
月昂者である宇野冬芽の生涯を描くという形で物語は進んでいく。絶望的な話であるのに、驚くべきことに最後には希望の光が残る。表題作以外の二篇も素晴らしく、これは必読の一冊である。
もう一作、山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ステイホームは江戸で』(宝島社文庫)をお薦めしたい。シリーズものの一作なのだが、本書だけ単独で読んでももちろん問題ない。
東京は馬喰町の古民家で一人暮らしをする関口優佳には秘密がある。祖母から受け継いだ家の納戸を開けると、向こう側は江戸時代の世界なのである。それを知ってから彼女は、現代と過去世界との二重生活を送ってきた。江戸における彼女は、数々の難事件を解決してきた十手持ちの親分・おゆうとして知られる存在なのである。
COVID-19の感染拡大により、巣籠り生活が長期化してきた。窮屈な暮らしに飽きた優佳は、しばらく江戸時代に避難して暮らすことを決める。おゆうとして活動を再開すると、奇妙な調査依頼が舞い込んできた。年端もいかない子供が誘拐されては、何事もなくまた戻されるという事件が続いているのだという。意味不明な犯人の動機を探るために、おゆうは街に出る。
主人公が江戸時代でいかに科学捜査を行うか、という苦労がシリーズの読みどころなのだが、本作では別の関心事が持ち上がる。事件の調査を進めているうちに、おゆうが親しくしている同心が、発熱や味覚障害などの症状を訴え始めたのだ。これはもしやあの感染症ではあるまいか。
最後にはコロナの時代ならではの見事なオチがつく。軽快かつ密度の高い物語だ。