絵画の背景を知り鑑賞の解像度があがる3冊を読み解く

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絵画の背景を知り鑑賞の解像度があがる3冊を読み解く

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 リンダ・ノックリン『絵画の政治学』は、美術の見方が変わる名著だ。クールベは故郷を描くことによって何を表明したのか。ゴッホが称賛し影響を受けた人気挿絵画家の作品の背景には、どんな社会状況があったのか。スーラはなぜパリ近郊の島で遊ぶ中産階級の人々を点描で描いたのか。表現形式の議論に偏っていた従来の近代美術史に疑問を投げかけ、“他者性”という視点から絵画の内容を深く読み解いていく。

 全部で9本の論文が収められているが、中でも考えさせられるのが「ドガとドレフュス事件――反ユダヤ主義者としての画家の肖像」だ。ドレフュス事件は、フランスで起こった冤罪事件。1894年、ユダヤ系の陸軍大尉ドレフュスが、ドイツに機密情報を売ったスパイとして流刑に処された。軍部は真犯人が他にいることを把握しながら隠蔽。ドレフュスの再審を要求するドレフュス派と、軍部を支持する反ドレフュス派が激しく対立した。

 美しい踊り子の絵で知られるドガは、印象派の画家の中でも強烈な反ドレフュス派で反ユダヤ主義者だったという。ノックリンはドガと「ユダヤ的なこと」の複雑な関係をドレフュス事件以前の作品にさかのぼって解読する。ドガと子供時代から親密だったユダヤ人の作家アレヴィとの友情の終わりを記述したくだりは悲しい。しかし、芸術家の伝記的事実や政治思想と作品の評価は切り離せるのかという問題に、説得力のある結論を提示している。

 若桑みどり『イメージの歴史』(ちくま学芸文庫)には、西欧文明がいかにして“他者”のイメージを創造し、自分の正統性、中心性、普遍性を確認してきたかということが、わかりやすく書かれている。『絵画の政治学』の「虚構のオリエント」とあわせて読めば、より解像度が高まるだろう。

 ポール・ヴァレリー『ドガ ダンス デッサン』(岩波文庫)は、同時代を生きて交流もあった詩人による美術論・画家論。〈馬を信用しない、卓抜な騎手のようだった〉というドガの一筋縄ではいかない魅力が伝わってくる本だ。

新潮社 週刊新潮
2022年2月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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