『台湾対抗文化紀行』
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台湾対抗文化紀行 神田桂一著
[レビュアー] 東山彰良(作家)
◆若者文化を通して今を記録
私は日本で暮らして四十年以上経(た)つが、むかしは台湾人として日本で生きていくのはそれほど愉快な経験ではなかった。いまからすれば嘘(うそ)のような話だけど、あのころは台湾がどこにあるのかすら知らない人がたくさんいた。私が大学で中国語を教えていたころは、学生たちに「台湾というのは沖縄の下にあるサツマイモのかたちをした島で、首都はソウルではなく台北です」と説明していた。それがいつの間にやら猫も杓子(しゃくし)も「台湾、台湾」と言うようになっていた。女性誌では頻繁に特集が組まれ、いまでは台湾を特集すれば売れるという認識が出版業界に定着している。
著者によれば、日本で台湾ブームに火がついたのは二〇一三年ごろだそうだ。もちろん、確たる根拠はない。しかし本書を注意深く読んでいくと、たしかに二〇一三年前後は政治的にも文化的にも、台湾にとってひとつの転換点となっているようだ。政治的には「ひまわり学生運動」があった。そして文化的には数多(あまた)のインディペンデント誌が勃興(ぼっこう)した。どういうことか? 台湾の若者たちが体制や巨大資本の影響を受けずに、自分たちの本当の声を上げ始めたのだ。その声が日本にも届き、台湾に対する関心が高まったのかもしれない。
本書は著者のエゴ丸出しの旅行記でもなければ、最先端のスポットを紹介する旅行ガイドでもない。俺は旅先でこんな無鉄砲なことをやったんだぜ、僕はこんなに台湾のオシャレなスポットを知っているよ、ということとはいっさい無縁である。カウンターカルチャーというフィルターをとおして著者が垣間見た、今日の台湾を切り取った観察日記なのだ。とりわけ音楽好きの私にとっては、台湾インディ音楽シーンについての記述が興味深かった。
旅行記というよりは、備忘録に近いのかもしれない。今の台湾はあっという間に過去に埋もれていく。それでも著者が台湾を観察し続けたこの十年の記録は、スナップショットのようにたしかな意義を持って我々の記憶に留(とど)まっていくことだろう。
(晶文社・1870円)
1978年生まれ。フリーライター・編集者。『ポパイ』『ケトル』など各誌に執筆。
◆もう1冊
栖来(すみき)ひかり著『時をかける台湾Y字路 記憶のワンダーランドへようこそ』(ヘウレーカ)