読書家の著者による本好きの主人公の豊饒なる古典の海

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  • 十七八より
  • 風姿花伝(花伝書)
  • 新版 落窪物語 上 現代語訳付き
  • 新版 落窪物語 下 現代語訳付き
  • おちくぼ物語

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読書家の著者による本好きの主人公の豊饒なる古典の海

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 野間文芸新人賞や三島由紀夫賞を受賞、芥川賞候補にも三度ノミネートされるなど注目を集める乗代雄介。2015年に群像新人文学賞を受賞したデビュー作『十七八より』がようやく文庫化された。

 書き手の阿佐美景子が、高校2年生の数か月を振り返って記した体裁の本作。読書家の彼女は月に数回、国語教師の主催する読書会に参加し古典に親しんでいる。男性教師との不穏な受け答え、家族との実のない会話、皮肉とウィットに富んだ叔母のゆき江との対話のなかで、さまざまな側面を持つ少女の姿が浮かび上がる。彼女が本好きになったのは、ゆき江の影響が大きい。この叔母が後に癌で亡くなったことは物語の冒頭で明かされている。

 阿佐美景子は著者の『本物の読書家』収録の「未熟な同感者」や『最高の任務』の表題作にも登場する。そのなかで存在感を残すのはやはり教養あふれるゆき江の存在だ。二人の会話では多数の実在の書籍タイトルやその中の文章が出てくるが、実は著者自身も大変な読書家で、学生の頃から読んだ本の気になる箇所をノートに書き記してきた習慣があるという。

 タイトルの「十七八より」は作中にも出てくる世阿弥『風姿花伝』(岩波文庫ほか)から。第一「年來稽古條々」では七歳から五十有余まで年代ごとに能役者の心得が説かれるが、十七八の年頃は声帯や身体の変化があり、心理的にも難しい時期のようだ。それは景子にも言えることだろう。

 他に言及される作品で印象的なものといえば、『落窪物語』。平安期に成立した作者不明の物語で、景子も言っているがこれが「シンデレラみたいな話」なのだ。屋敷の隅の一段低くなった場所で暮らす落窪の君は、継母である北の方からこき使われている。彼女に同情し何かと世話をする活発な女房、阿漕がとても魅力的。『新版 落窪物語 現代語訳付き』(角川ソフィア文庫 上下巻)などで読め、また、後半を換骨奪胎した田辺聖子『おちくぼ物語』(文春文庫)は読みやすく、活き活きした描写の楽しい物語となっている。

新潮社 週刊新潮
2022年2月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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