『チボー家の人々 1 灰色のノート』
- 著者
- マルタン・デュ・ガール [著]/山内 義雄 [訳]
- 出版社
- 白水社
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784560070383
- 発売日
- 1984/01/01
- 価格
- 935円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
交換日誌で熱く語られた「僕らの愛」
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「禁忌」です
***
人権概念の元祖と誇るフランスは、今やあらゆるタブーから解き放たれた社会となっているかに思える。だが百年ほど前はさまざまな禁忌でがんじがらめだったことがロジェ・マルタン・デュ・ガールの「灰色のノート」(『チボー家の人々』第一部)を読むとよくわかる。
ブルジョワの名家チボー家の次男ジャックがスキャンダルを引き起こす。ジャックは、同級生ダニエルと交換日誌のようなやりとりをしていた。そこには「ぼくらの愛」が熱く語られていた。盗み読みした寄宿学校の神父は、二人は「あやまち」を犯したと断定。憤激のあまりジャックは、ダニエルと家出してしまう。
神父は両者のあいだに同性愛を疑ったのである。邪推とはいえ、男女別学の当時、ジャックがダニエルに抱いたひたむきな情熱に恋愛じみたところがあったのは確かだ。やがてジャックがダニエルの妹と結ばれることになるのは、そのパッションの延長とも思える。なお同性愛という語は作中でだれも口にしない。
ダニエルの一家がプロテスタントであることも、厳格なカトリック信者のジャックの父親を激怒させる。宗教戦争がまだ続いているかのような憎しみの強さだ。「父」こそは禁忌の権化である。ジャックは父からの解放を求めて彷徨い続ける。
ジャックのモデルは作者の親友だったピエール・マルガリティス。彼は第一次大戦中、スペイン風邪で倒れ早世した。大長編の全巻はマルガリティスの思い出に捧げられている。