『モデルナはなぜ3日でワクチンをつくれたのか』
- 著者
- 田中 道昭 [著]
- 出版社
- 集英社インターナショナル
- ジャンル
- 社会科学/経営
- ISBN
- 9784797680898
- 発売日
- 2021/12/07
- 価格
- 968円(税込)
書籍情報:openBD
『モデルナはなぜ3日でワクチンをつくれたのか』田中道昭著(インターナショナル新書)
[レビュアー] 西成活裕(数理物理学者・東京大教授)
競争制した発想の転換
この2年、コロナの影響で世の中が一変した。私の大学でもずっとオンライン授業が続き、結局一度もリアルに会わずに今度の3月で卒業していく学生がいる。一体誰がこのような事態を想像し得たであろうか。パンデミックに終止符を打つためには、まずはワクチンの開発が不可欠である。これまで世界中でその開発競争が繰り広げられてきたが、残念ながら日本企業の名前は未(いま)だに聞かない。そして一般にはほとんど知られていない米国のモデルナという企業が、その開発に成功した一社となったのだ。
モデルナは設立から10年余りのベンチャーで、これまで医薬品の販売実績はゼロだった。それがたったの3日でワクチン開発に成功し、その後、9か月余りで臨床試験まで完了させたのだ。通常は10年以上かかるこのプロセスだが、なぜこれだけ短縮できたのか。そして日本企業はこの事例から何を学ぶべきなのか、という視点で書かれたのが本書である。モデルナが作ったのは、メッセンジャーRNAワクチンというものだが、これがいかに大きな製薬における発想の転換なのかは本書を読めばよく分かる。要するに体外で薬を作って投入するのではなく、設計図のみを投入して体内で自ら薬を作ってもらおう、という戦略なのだ。
著者はテレビでもコメンテーターとして活躍している大学教授で、企業分析の第一人者である。今回の開発競争は実は氷山の一角で、次世代のヘルスケア産業の覇権争いが既に始まっていると指摘する。米国のアップルやアマゾン、そして中国のアリババなどでの様々な取り組みが紹介されていて、こうしたビジネスに興味のある人にも本書は大変参考になるだろう。
ただ医療に関しては他の産業とは異なり、直接私たちの生命に関係するものであるため、信頼が第一でなくてはならない。スピード感を持った新しい技術開発も重要だが、安全性が全ての前提であることを忘れてはならない。