『ギリシア悲劇入門』丹下和彦著(未知谷)

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ギリシア悲劇入門

『ギリシア悲劇入門』

著者
丹下和彦 [著]
出版社
未知谷
ISBN
9784896426533
発売日
2021/12/13
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

『ギリシア悲劇入門』丹下和彦著(未知谷)

[レビュアー] 佐藤義雄(住友生命保険特別顧問)

今に響く「人間らしさ」

 「ギリシア悲劇と聞いて、アッ敷居が高いな、と思っていませんか?」と冒頭に著者も書いているが、確かに今の日本の社会でギリシア悲劇は、研究者、演劇関係者、一部の文学や演劇ファンなどごく限られた人達(たち)が関心を持っているものと受け取られているかもしれない。

 ところで、ブラッド・ピット主演で2004年に公開され大ヒットした映画「トロイ」では、主題となっているトロイ戦争の発端は、絶世の美女ヘレネをトロイの王子パリスが略奪したからと描かれている。ところが、本書第9章のエウリピデスの「ヘレネ」を読むと、何とトロイにいたヘレネは幻影で、本当のヘレネはエジプトにいたということになっているのだ。それではトロイ戦争とは一体何だったのか。その後の展開や解釈については、本書を読んでのお楽しみとしよう。

 本書では「オレステイア」「オイディプス王」「メデイア」などギリシア悲劇の代表作8作について次々と論評が加えられる。主人公達の心理状態や行動の謎を説き明かしていくのだが、これが実に興味深く面白い。復讐(ふくしゅう)の連鎖、思惑で動く恐ろしさ、知性と情念との相克など、現代の我々にも訴えかけてくるものが多いことに驚かされる。

 著者は、長い歴史の中で出来上がった型通りの英雄賛美やお仕着せの解釈に頼らずに、自分の眼(め)でありのままのギリシア悲劇を楽しんでほしいと強調する。とはいえ、何の予備知識もなくギリシア悲劇の世界に立ち向かってもなかなか歯が立たないというのも事実だろう。

 本書は著者が中心となった勉強会の講義録やメモをまとめたもの。この会には専門家だけでなく一般の人々も参加している。それだけにギリシア悲劇に取り組むための格好のガイダンスとなっている。ギリシア悲劇はことさらに難解で崇高なものではなく、「人間がひたすらに人間らしく、たいていは無様(ぶざま)に動いて」いて、それが現代の我々に「人間らしく生きることへの取っ掛かり」を与えてくれるが故に「古典として尊重される」のだと結ばれている。

読売新聞
2022年2月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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