秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュー【評者:千街晶之】

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五つの季節に探偵は

『五つの季節に探偵は』

著者
逸木 裕 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041111680
発売日
2022/01/28
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュー【評者:千街晶之】

[レビュアー] 千街晶之(文芸評論家・ミステリ評論家)

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■逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュー

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秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュ…

▼『五つの季節に探偵は』&『星空の16進数』。2作刊行記念、逸木裕インタビュー
https://kadobun.jp/feature/interview/6iv8blin100s.html

■秘密を暴かずにいられない探偵の物語

■逸木裕『五つの季節に探偵は』レビュー

千街晶之(ミステリ評論家)

 ミステリに登場する探偵役(職業的な私立探偵に限らない)が事件の真相を知ろうとするモチベーションには、どのくらい種類があるだろうか。正義感からというタイプは多いだろうし、仕事だから、あるいは報酬のためというドライなタイプもいる。自分が事件の当事者である場合は、身にかかる火の粉を振り払うため、という理由が大きいだろう。
 それらとは別に、知的好奇心に駆り立てられるタイプの探偵も少なからず存在するけれども、逸木裕の連作短篇集『五つの季節に探偵は』に登場する私立探偵・榊原みどりは極端な部類かも知れない。彼女は、「人が、心の奥に隠し持っているものを見たい。秘密にされればされるほど、暴かずにはいられない。わたしはどうやら生まれつき、そういう厄介なものを抱えている」と自覚しており、そのせいで人を傷つける結果となってもやめられないのである。
 みどりは既に、著者のデビュー作『虹を待つ彼女』や『星空の16進数』に「森田みどり」として登場している。このうち『虹を待つ彼女』では、著者の作風の特色のひとつである最先端のテクノロジーが扱われているけれども、『星空の16進数』はそうではない。『五つの季節に探偵は』は後者の系列であり、香道やクラシック音楽といった、従来の著者の作品ではあまり見かけなかったモチーフが扱われている。
 第七十二回日本推理作家協会賞(短編部門)の候補となった第一話「イミテーション・ガールズ」のみどりはまだ高校生だが、父親が私立探偵ということもあってクラスメートから何かと厄介な頼みを持ち込まれる。一年生の時から同じクラスの本谷怜からの依頼を断りきれなかった彼女は、素人なりに変装までして調査に取りかかるが、辿りついた真相は醜悪なものだった。しかしそれでも、みどりは「あの調査は、楽しかった。その気持ちだけは、本物だ」という感慨に浸る。この一件で探偵という仕事が自分に向いていると気づいた彼女は、大学を卒業後、父が経営する「サカキ・エージェンシー」に就職する。
 探偵として、みどりは幾つもの事件を解決する。しかし、彼女に潜む熾烈なまでの好奇心は、無難な落としどころで決着させることを許さない。時には依頼人が望んでいなかった真実まで暴き立て、関係者たちの心を傷つけ、「あなたに調査なんて、頼むんじゃなかった」と言われたりもする。彼女にも自覚はあるのだが、それを制御する術を知らないのである。
 本書はどの短篇にも意表を衝くどんでん返しが用意されており、著者の作品の中でも最もミステリとして凝った仕上がりとなっているけれども、みどりという、事件の表層だけでなく裏の裏まで暴かないと気が済まない探偵だからこそ、それらのような複雑な難事件にも対処できるのだろう。個人的には第四話「スケーターズ・ワルツ」のどんでん返しに最も感嘆した。決して目新しいわけではない仕掛けでも、使い方次第でまだまだ人を驚かすことが可能なのだ。
 第五話「ゴーストの雫」では、サカキ・エージェンシーに入社して一年になる元鳶工の女性探偵・須見要が登場する。かつての自分のようにどこか危なっかしい彼女を、みどりはどう育てるのか。そして、歳月の流れとともにみどり自身も変化していることがこの作品からは読み取れる。本書は短篇集だが、ひとりの探偵の成長を描いた長篇として読むことも可能なのではないか。

■作品紹介

秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュ...
秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュ…

五つの季節に探偵は
著者 逸木 裕
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年01月28日

“人の本性を暴かずにはいられない”探偵が出会った、魅惑的な5つの謎。
人の心の奥底を覗き見たい。暴かずにはいられない。わたしは、そんな厄介な性質を抱えている。

高校二年生の榊原みどりは、同級生から「担任の弱みを握ってほしい」と依頼される。担任を尾行したみどりはやがて、隠された“人の本性”を見ることに喜びを覚え――。(「イミテーション・ガールズ」)
探偵事務所に就職したみどりは、旅先である女性から〈指揮者〉と〈ピアノ売り〉の逸話を聞かされる。そこに贖罪の意識を感じ取ったみどりは、彼女の話に含まれた秘密に気づいてしまい――。(「スケーターズ・ワルツ」)

精緻なミステリ×重厚な人間ドラマ。じんわりほろ苦い連作短編集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000440/

■『五つの季節に探偵は』&『星空の16進数』。2作刊行記念、逸木裕インタビュー

秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュ...
秘密を暴かずにいられない探偵の物語――逸木 裕『五つの季節に探偵は』レビュ…

「世間など関係なく、自分のルールに従って生きる人間が最強だと思います」ミステリ界の新鋭・逸木裕が描く、強烈な個性を持つヒロインたち
https://kadobun.jp/feature/interview/6iv8blin100s.html

KADOKAWA カドブン
2022年02月04日 公開 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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