<東北の本棚>青年将校の葛藤と軌跡

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二・二六事件 引き裂かれた刻を越えて

『二・二六事件 引き裂かれた刻を越えて』

著者
寺島英弥 [著]
出版社
ヘウレーカ
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784909753113
発売日
2021/10/12
価格
3,080円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<東北の本棚>青年将校の葛藤と軌跡

[レビュアー] 河北新報

 旧日本陸軍青年将校らが政府要人を暗殺した二・二六事件(1936年)。本書は、クーデターに加わり処刑された将校の一人、青森県出身の対馬勝雄中尉(享年28歳)を追ったノンフィクションだ。対馬の妹で、2019年に104歳で死去した波多江たまさんがのこした資料や生前の証言などを基に、若くして逝った一人の軍人の生きた時代と心の軌跡に迫っている。

 青森市の新開地で育った対馬は秀才で、旧制青森中へ進学する。だが、心根の優しい少年はすぐに進路を変える。大火で焼け出され困窮した家のために早く出世したいと、旧仙台陸軍幼年学校を受験し合格、13歳で入学する。

 少年を待っていたのは、皇国軍人を作り上げる教育だった。義務は山より重く、死は羽毛より軽い-。そんな心構えがたたき込まれた。著者は「貧困家庭への転落という不運がなければ(中略)全く別の人生を歩んだのではないか」と、対馬の運命を思っている。

 事件の背景の一つに農村の疲弊があった。1930年代、経済恐慌と大凶作が続き、小作農家では娘の身売りが頻発した。当時、中国東北部に出征していた対馬は戦闘で多数の部下を失う。多くが東北の農家出身だった。対馬は部下の戦死をわびる長文の手紙と香典を遺族に送ったという。

 昭和維新を唱えた決起将校は皇道派と呼ばれる。対馬が皇道派に近づき、思い詰めていく軌跡も、人との出会いを軸に追う。

 本書の冒頭には、波多江さんが亡くなる前に描いた絵を掲載。秘密裁判を経て処刑された将校の遺体引き渡し所の絵だ。戦時下の不条理を伝え続けた妹の執念を感じさせる1枚だ。

 本書の著者はローカルジャーナリストで、元河北新報社記者。99年以来、対馬と波多江さんの取材を続けていた。(安)
   ◇
 ヘウレーカ0422(77)4368=3080円。

河北新報
2022年2月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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