自分がおじいさんになるということ 勢古浩爾(せこ・こうじ)著

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自分がおじいさんになるということ

『自分がおじいさんになるということ』

著者
勢古 浩爾 [著]
出版社
草思社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784794225542
発売日
2021/12/20
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

自分がおじいさんになるということ 勢古浩爾(せこ・こうじ)著

[レビュアー] 大岡玲(東京経済大学教授・作家)

◆「生の奇跡」味わう新境地

 大人気『定年後のリアル』シリーズの最新刊である。著者の勢古浩爾氏は、定年後の自身の暮らしや思考・行動を十年以上にわたりこのシリーズで実況中継してこられた。本書も、これまでと同様、辛口でユーモラスな批評性に裏打ちされた、著者等身大の思考の面白さが読みどころだ。

 もっとも、「74歳、いよいよ老後も佳境に突入。」とオビにある通り、新境地にも足を踏み入れている。それは、著者が「『ただ生きているだけで楽しい』」という感覚を得た、という点だ。もちろんこの「楽しい」は、「ただ息をしているだけで」「楽しくてしょうがない、ということではない。そんなこと、あるわけがない」。

 からだの自由がきき、五官が働き、人と話したり、飲食ができたりという「『身体元素』」がきちんと機能し、それに合わせて「なんでもない青空」といった「『自然元素』」の美が味わえる。そんな瞬間に覚える「心身の浮遊感」を、「とりあえず『楽しい』といってみる」ということなのである。そして、それは「たゞしづかなるを望(のぞみ)とし、憂へ無きをたのしみとす」と、鴨長明が『方丈記』で述べた心境へとつながっている。

 つまり、「楽しい」の大前提には、「ここまで無事に生きてこられたことは奇跡というほかない」という感慨があるのだ。「生誕から死まで無事な人生を送ることができる人間」が世界中にどれほどいるのか、という現実を横に並べるとき、本書はひときわ陰影を濃くする。軽みの中の影が、ママチャリ走行の感動やあまりセンチメンタルにならないセンチメンタルジャーニーの力の抜け具合、「嫌いなものを舐(な)めてかかる」悪癖が君子豹変(くんしひょうへん)するおかしさといったテーマの味わいを、よりいっそう深くする。

 個人的には、若かりし日の勢古氏がそれこそ沢木耕太郎ばりに十カ月におよぶ「欧州ヒッチハイク旅」を敢行した話に惹(ひ)かれた。そういう経験があればこその、今は「生きているだけで楽しい」なのではないか、とも感じるのである。

(草思社・1540円)

1947年生まれ。洋書輸入会社に勤務し2006年退職。著書『最後の吉本隆明』など。

◆もう1冊

鴨長明著『方丈記』(光文社古典新訳文庫)。蜂飼耳(はちかいみみ)訳。

中日新聞 東京新聞
2022年2月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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