湯飲み100個を木っ端微塵に 「伝説の無能」と呼ばれた過去を持つ作家が語る、特殊な短期バイトから生まれた物語

エッセイ

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天国からの宅配便

『天国からの宅配便』

著者
柊サナカ [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575244908
発売日
2022/02/17
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

湯飲み100個を木っ端微塵に 「伝説の無能」と呼ばれた過去を持つ作家が語る、特殊な短期バイトから生まれた物語

[レビュアー] 柊サナカ(作家)

 第11回『このミステリーがすごい!』大賞・隠し玉として『婚活島戦記』でデビュー後、カメラを題材としたミステリーで人気を博している小説家・柊サナカさんが、双葉社より初めての単行本を刊行されます。

 依頼人の死後に届けものをするサービス「天国宅配便」の配達人が贈る、心温まる感動の物語。その誕生にきっかけとなった、柊さんが実際にやっていたアルバイトについてまとめたエッセイをお楽しみください。

 ***

『天国からの宅配便』は題名の通り、ちょっと変わった“あるもの”を運ぶ宅配便の話なのですが、この『天国からの宅配便』を書くとき、わたしは、学生時代にやった短期アルバイトのことを思い出していました。

 車の後部座席に電話帳を積み込んで、配達する電話帳配達・回収アルバイトです。田んぼとため池だらけの田舎の道を、地図を頼りに車で進み、一軒一軒探して、表札を出してないところには、隣に確認したりしながら、一冊ずつ置いたり渡したりしていきます。古いのがあったら回収してきます。

 今となっては、電話帳で番号を調べたりする人も減っているでしょうから、そのアルバイトがまだあるのかどうかはわかりませんが、運転し、いろんなお宅に「電話帳の配達に参りました!」と電話帳を配達して回るのは、なかなか趣のあるアルバイトでした。

 友人と二人組、一件いくらの出来高制で、エレベーターのないアパートは電話帳を数冊持ったまま駆け上がったり、けっこう頑張って配りました。昼食で大盛りの焼肉弁当を食べてしまい、一日のトータルの売り上げが減ってしまったり、電話帳がとにかくほこりっぽくて、くしゃみが止まらなくなったりしました。五日かそこらの短期のバイトでした。

「まあまあすみませんねえ、暑いわねえ」と親切で感じのいい人、面倒くさそうに対応する人、明るい人、こちらをぎろっと睨んでくるなんだか怖そうな人、豪勢な玄関から出てくるマダム、やたら歯をむき出して吠えてくる番犬、生まれたばかりの赤ちゃん、大きなオウム、百歳近そうなおじいさん、一人暮らしに大家族、介護付き高級マンションの老紳士……配達していくうちに、いろんな人に会いました。普段は人見知りで、人と会うのは緊張しがちなのですが、配達のときは、次はどんな人かな、どんなお家に行くのかなと、密かな楽しみでした。

『天国からの宅配便』を書きながら、頭の中に思い浮かべていたのは、そのたった五日間の配送のアルバイトのこと。暑い車内とぬるい麦茶、妙に明るいラジオの声、窓を開け放して風を入れ、まっすぐな道を「急げ急げ次は二件だ」と、どんどん進んだ光景です。

 誰かの家に何かを届けに行く――まあそのアルバイトで渡すものは、電話帳と決まっていたのですが、これが電話帳じゃなくて、物だったりしたらどうだろう。プレゼントだったりしたら。そのプレゼントが人生の特別な物だったりしたら……。

 そのときの小さな思い付きが、のちにこうやって小説の形になるとは、人生とは本当にわからないものです。

 そのほかにも、わたしは短期バイトであちこち行くのが好きでした。

 早朝から港でおばあさんたちに混ざって、ほーいほーいとかけ声を出しながら、海苔養殖の網たぐりをしたり(これは休憩に海苔の味噌汁が出て美味しかったです)、贈答ハムの箱の組み立てを延々やったり、プレゼントの風船を膨らませたり、コンサートの機材を片付けたりしました。扇風機の台座のネジばっかりしめていたこともありますし、お中元の包装をひたすらしていたこともあります。警備の旗振りもやったし、配管工見習いもやったことも。

 なぜこんなに系統の違う短期バイトばかりやっていたのかというと、実は、理由があります。

 わたし、“この店始まって以来の、伝説の無能”――という異名を持っていたことがあるのです。

 学生時代、初めてのアルバイトは、お客様に早く提供するのが売りの牛丼チェーン店でした。そのピーク時の忙しいこと忙しいこと。食べているお客さんの後ろにも、どんどん人が並ぶほどです。クーポン付きのチラシが入った後なんて、目の回るような忙しさでした。

 わたしはマルチタスクの仕事が壊滅的にできず、注文は間違える釣り銭は落とす丼を出す順番は忘れる、金庫の鍵はどこに置いたか思い出せず、大盛りの客にはめちゃくちゃ大盛りにしたりタマネギばっかり偏ったり、とりあえず忙しそうにうろうろしてみたり、しまいには湯飲みタワーを倒し、湯飲み百個以上を床にぶちまけて木っ端微塵にしたりしました。「もうその隅で卵だけ割ってて!」と毎日叱られたものです。(ちなみに卵ばかり割っていたので、卵割るのは上手になって、両手で二個ずつ持って、四個いっぺんに割ったりしました)まあ人間、向き不向きがありますから……。

 そんなわけで、あっさりとその飲食業のアルバイトを辞めたわたしは、短期のアルバイトばかりを探すようになりました。短期アルバイトなら向き不向きがあっても、期間が短いので、そう気まずくはなりません。

 でも、わたしがそつなく最初のアルバイトをこなし、湯飲みを一個も割らずテキパキ動いて「この店始まってのできる子だ、社員にどうか?」と言われているくらいだったら、たぶん最初のアルバイトだって難無く続けており、電話帳配達のアルバイトも知らずにいたことでしょう。「天国からの宅配便」の元となるアイデアも出なかったかも知れず、人間の運・不運なんて、のちにどう転ぶかわからないものだと思います。

 学生時代は要領も悪く、不器用で人見知り、陰気な性格がコンプレックスでした。母親との関係だっていまひとつ良くなく、顔を合わせば喧嘩ばかりでした。『天国からの宅配便』をお読みいただければわかるのですが、そういう自分だからこそ書けた部分も多くあります。本当に、人間の運・不運なんて、のちにどう転ぶかなんて誰にもわからないものです。何かのきっかけで、オセロみたいに一気にひっくり返すことだってできるかもしれません。

 あまり書くと「あっ、さてはお前、あの時の”伝説の無能”か!」と、当時のアルバイト関係者にバレそうな気もするので、このあたりにしておきます。その節は湯飲み百個以上、木っ端微塵にして誠にすみません。でも、その分自信作が書けたので、どこかで見かけた折にはよろしくお願いします『天国からの宅配便』。

アップルシード・エージェンシー
2022年2月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

アップルシード・エージェンシー

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