ヤクザを究めたマル暴刑事 40年分の“現場”の生々しさ

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

マル暴

『マル暴』

著者
櫻井 裕一 [著]
出版社
小学館
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784098254095
発売日
2021/11/25
価格
946円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ヤクザを究めたマル暴刑事 40年分の“現場”の生々しさ

[レビュアー] 井出豪彦(信用調査マン)

 著者の櫻井裕一氏は高校を出て1976年警視庁に入り、2018年に退官するまで「マル暴」一筋40年。歌舞伎町を管轄する新宿署の組織犯罪対策(組対)課長や、重要事件を手掛ける本庁の組対4課で現場を指揮する管理官をつとめた、生粋の現場派である。

 最初に配属されたのが治安極悪の赤羽署で、先輩マル暴の威厳に地回りのヤクザがひれ伏す姿に痺れて自分の生きる道を決めたという。マル暴は天職だった。ダブダブのダブルのスーツに、昔はパンチパーマ、いまはスキンヘッドで見た目も迫力満点だが、どんな世界であれ、道を究めたひとの話は単純に面白い。本書を一読すれば、読者は櫻井氏の真摯な人間性に好感を持たずにいられないだろう。

 とにかく本書からは現場の生々しさが立ちのぼってくる。

 たとえば、実弾入りの拳銃(櫻井氏の表現では「ギョク付きのマブ」)をマンションの自室から投げ捨てたヤクザの自宅を家宅捜索した際の奥さんとのこんなやり取り。「戸塚署だ」と櫻井氏。「なに?」と気怠そうな20代くらいの女。奥でハイハイしている子供が見える。「野郎はいる?」「いま、出かけてますけど」。当たり前だが、ヤクザはわれわれのごく身近に住んでいる。警視庁戸塚署の管内は新宿と池袋の間に広がる閑静な住宅街で「ヤクザのベッドタウン」なのだという。

 評者の本業とも関連するが、昨今いわゆる「反社チェック」の必要性が金融機関のみならず、一般の事業会社にも強く認識されてきた。もちろん「ヤクザと接点を持ったら会社が終わる」という危機感が広がるのはいいのだが、企業のリスク管理部門に配属されるようなまじめな紳士淑女はヤクザや周辺で活動する詐欺師、事件師、金融ブローカーなどについて実感が湧かないのか、対策がカラ回りしていると感じることも多い。敵の素性を正しく知らなければ正しくおそれられない。その意味で本書は企業のリスクマネジメント担当者必読の一冊といえるだろう。

 本書では櫻井氏がじかに接してきた、さまざまなタイプのヤクザが登場する。住吉会と稲川会の抗争をきっかけに、住吉内部で組員の粛清に発展した「日医大事件」(02年)の登場人物たちはとりわけキャラが立っている。狂気としか言いようがない親分(のち死刑判決)の指示で仲間殺しを実行した一本気のヤクザに対峙した櫻井氏が、取調室でついに自白を得る場面は本書の白眉だろう。最後は刑事も人間力が試される。

新潮社 週刊新潮
2022年2月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク