『ミトンとふびん』
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感情の線と線が交わる一瞬の物語 たとえ着地点は違っても
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
心が通じ合う、という瞬間がある。
それは気持ちだったり、経験だったりする。ふと相手と自分が共有する何かに気づいた時、その相手は自分にとって特別な人になる。対象が人ではなく、詩や歌や絵画でも同じこと。
心通じ合うのはたぶん瞬間だ。そんな幻のような一瞬の交差を信じるのは、人が孤独の中にいて、わかりあえる人を常に求めているからだろう。
本書に収められた六篇の短篇には、それぞれ喪失感を抱えた人が現れる。その感情は果てしなく緩やかに続き、癒えることはない。
表題作は、フィンランドに新婚旅行でやってきた外山くんとゆき世の物語。二人は熱烈に愛し合った末に一緒になったわけでなく、それぞれの喪失を埋めるように一緒になった。しかし弟を亡くした外山くんと、子宮をなくしたゆき世の喪失は別のものだ。
「外山くんのことを、初めてほんとうに他人だと思った。自分とは違う体の中にいる、違う宇宙を生きている」
「カロンテ」の主人公しじみは事故で亡くなった友人真理子の遺品をローマに住む真理子の婚約者へ届けに行く。しじみは長年の友人を、婚約者はこれから人生を密に共にしていく人を亡くすという悲しみを共有している。しじみは思う。
「今はたまたまそのふたりの感情の線が同じ高さで交わっているだけなのだ」
感情の線と線は交差した点を過ぎて、似た線を描くこともあるだろうし、行き先がバラバラになっていく場合もある。ゆき世は外山くんとの深いつながりを信じて結婚し、しじみは友人の婚約者がその後、違う女性と添う未来があることを悟ってもいる。人は同じ気持ちを共有しても、永遠には続かない。でもそれはたしかにあったこと。人生のはかなさときらめきが同居する、そっと抱きしめたくなる小説集。