いちばん大切なものは、人とのつながり――『かもめ食堂』の著者・群ようこが新刊を語る

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おネコさま御一行 れんげ荘物語

『おネコさま御一行 れんげ荘物語』

著者
群 ようこ [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414142
発売日
2022/01/14
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

群ようこの世界

[文] 角川春樹事務所


群ようこ

 ギスギスしがちな現代社会。疲れてくると、そうではない世界へ連れて行ってくれる、どこかほっこりする小説が読みたくなったりするもの……。

 群ようこさんの大人気シリーズ「れんげ荘物語」の最新刊となる『おネコさま御一行』は、まさにそうした気分の読者にぴったりの小説だ。

 今作では登場人物を取り巻くもう一つの重要な要素である「動物」がいかに主人公たちを癒していくかが描かれてゆく。

 群さんに本作の読みどころを交えながら、作品の核となる「人とのつながり」の大切さを伺った。

一作完結予定が、連続小説となった人気シリーズ「れんげ荘物語」

――「れんげ荘物語」シリーズの第六弾『おネコさま御一行』が刊行されました。このシリーズは一作ごとの終わり方が「この後どうなるの?」といった引きもあって、連続テレビドラマならぬ、連続小説の趣を醸し出していますね。

群 ようこ(以下、群) 最初は一作で終わるつもりだったんです(笑)。いい会社に入って、それなりのお給料をもらっているのに辞めてしまう、時代とは異なる生き方をする女の人を書こうとして、予想に反して思いがけずたくさんの方が読んでくださいました。私は小説を書く場合、はっきりと結論づけることはしません。一冊読み終え、読んだ方にさまざまな想像をしていただけたらと思うんです。そのうちの一人が私で、前回の終幕を引き継いで書いているという感じです。

――今回の『おネコさま御一行』は主人公、キョウコが愛してやまない他人様の飼いネコ「ぶっちゃん」はじめ、子ネコ、子イヌが登場して、いかに人間が動物や植物に癒されていくかが描かれています。ところが、群さんは愛猫を亡くされた後に、本作をお書きになったとうかがいました。

群  ええ、二〇二〇年十月、二十二年七カ月と長寿だった「しい」がぽっくり亡くなってしまいました。あまりに長く元気でいてくれたので、「よくここまで頑張ってくれた」と、亡くなったことも喜ばしかった。仕事をしていれば「もうやめろ」、長風呂していると「そろそろ上がれ」、夜ラジオを聞きながら寝ていると「うるさい、消せ」と、「ニャーニャー」と口うるさく、スケジュール管理をされているようでした(笑)。しいが十八歳のころから、いつお迎えが来てもおかしくないと覚悟していましたし、友人にも「ご長寿ネコはぽっくり逝くよ」と言われていたので、いなくなって悲しいというより、つまらないですね。人間でいえば百八歳くらい。この大往生はあやかりたい(笑)。

――それで、動物に癒されることをお書きになった?

群  私の書く小説は、基本的には現実にあまり即していないんです。けれど、今、コロナ禍で人間関係がぎすぎすしていますね。リモートワークで夫婦仲が悪くなるとか、なぜこんな大変な時にぎすぎすしないといけないのか。そこで、家族を引き寄せるのは動物なのかなと考えて、今回のテーマにしました。例えば中高年の夫婦が、イヌを介して会話する。いい大人なのに、直接話さずイヌ相手に「お父さん、嫌よね」「お母さん、やだよね」と言って、相手に聞かせる。「子はかすがい」ならぬ「ペットはかすがい」です。動物ってえらいなあと思っていることもあって、動物多めで(笑)。情報におろおろしないし、邪念がない真っすぐさがいいですね。

――本作でもキョウコの兄夫婦がネコの母子を飼い始めます。れんげ荘の住人の一人、チユキは前作『おたがいさま』で事実婚をしたのですが、相手はゲームデザイナーでタワーマンションに住んでいたのがすべてを捨てて山に移住。自給自足でただひたすら売るでもない仏像を彫っていたのが、子イヌを飼うことで一変します。

群  IT関係の人は精神的なものを求めて禅などに凝ると聞いたことがあります。スティーブ・ジョブズに代表されるように。チユキの夫もそういう方向に行ったのかな。円空仏のような仏像をずっと彫り続けているわけですが、それって仕事の成果を追うことの表と裏なんです。タワマン暮らしと仕事から逃れても、同じことをやっていた。彼にとってはいかに大切で、精神的な高みを目指す仏像であっても、薪のようなものですからイヌにとってはただの?みやすいおもちゃです。「こんなもの」とばかりにくわえて放り投げられ、別の角度のものの見方を思い知らされて、つきものが落ちたのではないでしょうか。これはチユキが言っても、たとえ子どもがいたとしても子どもが言ってもだめで、イヌのしたことだから効くんです。動物は異質のいとおしいものなのです。文句を言っても仕方ないですからね。

いちばん大切なのものは、人間関係だと思うようになりました


内藤麻里子

――このシリーズは、主人公のキョウコが第一作『れんげ荘』で四十五歳にして大手広告代理店を辞め、実家も出て家賃三万円のおんぼろアパートれんげ荘で暮らし始めます。高い給料のおかげで蓄えた貯金を崩しながら月十万円で暮らせば、八十歳まで生活できると。今の時代憧れの早期リタイヤ、若隠居です。

群  キョウコの行動は、私自身がそうだったから。お給料にひかれ、入社試験に一週間かかって入った会社を、嫌になって二日で辞めました(笑)。仕事はお給料じゃないですね。隠居は私がしたかったことかもしれません。

――大きな事件があるでもない、何気ないキョウコの暮らしがじわじわと心にしみてきます。れんげ荘の住人との交流が大きな要素ですね。

群  『かもめ食堂』(二〇〇六年)もそうですが、私の小説では大きな事件は起きません。小説より世の中のほうが残酷で、多くの人はそうでないものが読みたいのかなと思います。親とのトラブルとか、会いたいネコに会えないとか、日々は小さなことの積み重ねです。そんな中で、他人との関係性、血のつながらない人たちとのつながりを描きたいんです。お金を媒介にしない助け合いというか、例えば、何か人からもらうのをみじめに思う人もいますが、持ちつ持たれつ、ありがたいといただくこともできます。この場合、人が問題となります。どの会社に勤めているとかではなく、嫌な人に大事に使ってきたものをあげたくないでしょう。人間って、人格とは関係のない付属の部分で他人を評価しがちです。最後は人柄だなと思います。不景気になると、他人のお給料が気になりますが、自分がこの歳になると、大事なのは人間関係だとわかります。今までどう人とつき合ってきたか。困ったときは助けてもらい、自分も得意なことで助けるというようなことですね。

――れんげ荘にはキョウコより年上で長く住むクマガイさんがいて、年若い住人たちも入れ替わりながら登場します。

群  年齢の違う人たちとも分かり合える、そういうふうになればいいなという希望を込めて書いています。自分が歳をとっていると若い人と軋轢が生じるのではないかと心配しますが、同じ一つところにいると意外としゃべることができるものです。今の若い人たちは優しいですよ。そう感じたのは十何年か前かな。逆に言えば物足りない。みんなから外れるのは嫌と言っていて、団栗の背比べでいいのかとも思いますが。

――四十五歳だったキョウコも、巻を重ねて既に五十代半ばになりました。間もなく還暦、これからがまた楽しみです。

群  確実に体にガタが来ていると思います(笑)。書きながら、そろそろ体にガタが来るけど、どうしようかなと考えています。読者からは、「保険はどうなっているんですか」「年金は入ると思うんですけど」と、家族のように心配してくださるお手紙が届いています。

――これだけシリーズが続くと、読者も他人ごとではなくなってきますね。

群  最初の『れんげ荘』を読んで、会社を辞めてしまった方が二人ほどいらっしゃるんです。「名のある会社に勤めていて、お給料も多くもらった。こういう生活もできるんだ」と。「違う、違う!」と焦りました。一方で、「辞めたいけど、生活の問題が立ちふさがる。辞められないなら、我慢している現状とどう折り合いをつけるか大変」という声もある。なかなか会えないぶっちゃんに「早く会わせてあげて」というお手紙もあれば、「私もそうです」とご自身の経験を丁寧に書いてくださる方もいる。シリーズが長くなればなるほど読者と主人公の一体感が高まり、一緒に歳をとっていく感じがありますね。

構成:内藤麻里子 写真:島袋智子 協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2022年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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