『手づくりのアジール』
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手づくりのアジール 「土着の知」が生まれるところ 青木真兵著
[レビュアー] 荻原魚雷(エッセイスト)
◆山村で考えた「ほどよさ」
アジールとは「時の権力が通用しない場」のこと。
著者の青木さんは在野の研究者で二〇一六年に奈良県の東吉野村に引っ越し、現在、自宅で「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」を運営している。それまでは兵庫県で大学の非常勤講師や進学塾の講師を勤め、妻の海青子(みあこ)さんは図書館を休職中の身だった。都会の暮らしに限界を感じていたころ、東吉野村の村営シェアオフィスを訪れ、村を気に入り、何度か通っているうちに移住を決めた。
この本は若手の研究者との対話と自由な暮らし方に関するエッセーを合わせた構成になっている。
現代社会では世間の規範に応じた生き方が求められる。世の中のシステムからこぼれ落ちがちな映画『男はつらいよ』の寅(とら)さんのような人でも生きやすい場を作ることはできないか。青木さんは奈良の山村で図書館や障害者の就労支援の仕事に取り組みながら「経済的合理性」や「標準化」に組み込まれない自由な場を構想する。
「『みんな』基準から『自分』基準へ」の転換もそのひとつ。「みんな」に合わせるのではなく「自分」がどう感じるかと向き合う。努力し何かを達成することに喜びを感じる人もいれば、無理せず楽に過ごすことが幸せな人もいる。まずは自分のほどよさを知ることが「アジール」への第一歩といえる。
叱(しか)られてばかりいる子どもは、怒られないことを考えるようになり、自分が欲しいもの、やりたいことがわからなくなる。今の社会の息苦しさもそれと似ている。
自然豊かな山村は不便なところもあるが、そんなにお金がかからない。だから収入を得るために費やしていた時間で好きなことができるし、「手づくり」の余地もたくさんある。
青木さんの研究や活動はまだまだ試行錯誤中――研究室を飛び出し、体を動かしながら、働くことや生きることの意味を問い直す。その過程を心から楽しんでいる雰囲気が言葉の端々から伝わってくる。
(晶文社・1980円)
1983年生まれ。古代地中海史研究者。ネットラジオ「オムライスラヂオ」を配信中。
◆もう1冊
伊藤洋志、pha著『フルサトをつくる 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方』(ちくま文庫)