冬来たりなば春遠からじ 書評家・末國善己が新鋭作家の作品を紹介

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  • 同志少女よ、敵を撃て
  • 感応グラン=ギニョル
  • サーカスから来た執達吏
  • アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実
  • 大鞠家殺人事件

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新エンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

 二〇二二年の最初の「エンタメ書評」ということで、今回は将来が期待できる新人、新鋭の紹介から始めたい。

 第二次大戦中に狙撃兵になったソ連の女性を主人公にした逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)は、第一一回アガサ・クリスティー賞の受賞作である。

 独ソ戦が続く一九四二年。狩猟が得意な少女セラフィマは、ドイツ軍に村を襲われたところを赤軍に救われるが、女性狙撃兵のイリーナは村を焼き払うよう命じた。生きる決意を固めたセラフィマは、イリーナが教官を務める女性狙撃兵の訓練学校に入り、母を狙撃したドイツ兵と村を焼いたイリーナに復讐するため狙撃の腕を磨いていく。

 前線に送られたセラフィマは敵の将校や工兵なども狙撃するが、最大の任務は敵狙撃兵の排除だった。敵の行動と心理を読み、見つかり難い場所に身を潜める技術を身に付けた狙撃兵同士の静かで息詰まる攻防は圧巻だ。

 最前線でドイツ兵を殺し続けたセラフィマが、真に撃つべき敵がドイツ軍の狙撃兵でも、イリーナでもないことに気付く終盤は、いつの時代も戦争になると必ず起こる民衆の抑圧や、戦争そのものが持つ欺瞞、不条理を読者に突き付けており、強く印象に残った。小梅けいとがコミカライズしたことでも話題となったスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチのノンフィクション『戦争は女の顔をしていない』と併せて読むと、本書のテーマがより深く理解できるだろう。

 空木春宵『感応グラン=ギニョル』(東京創元社)は、二〇一一年に平安朝を舞台にした「繭の見る夢」が第二回創元SF短編賞の佳作となり、その後も短編を書き継いでいた著者の、待望の初単行本である。

 身体に欠損がある少女たちが残酷劇を演じる浅草グラン=ギニョルに、心がない少女・無花果が加入したことによりカタストロフが起こる表題作。小児性愛者を取り締まるための美少女AIの制作と伝説の遊女・地獄大夫の逸話がリンクする「地獄を縫い取る」。恋をした女は蛇に、男は蛙に変貌する病が流行した、安珍清姫説話を思わせる世界が舞台の「メタモルフォシスの龍」。女性同士の友情以上恋愛未満の感情(いわゆる「S」)を題材にした吉屋信子『花物語』の本歌取りで、作中で描かれる「S」ならぬ「Z」の意味が意外な「徒花物語」などの収録作は、和と洋、過去と未来、幻想小説とSFとミステリが融合しているだけに、著者が構築しためくるめく世界観に衝撃を受けるのではないか。

 差別、搾取をしている人間に同じ言動を投げ掛け、差別、搾取を自覚させるミラーリングという手法がある。本書は全編を通してミラーリングを行っているので、国籍、男女、年齢に関係なく人間なら誰もが否応なく持っている差別感情に気付かされ、それとどのように向き合うべきかを考えることになるはずだ。

『サーカスから来た執達吏』(講談社)は、『絞首商會』でデビューした夕木春央の二作目である。

 関東大震災の二年後、サーカスで働いていたユリ子が、莫大な借金を回収するため樺谷子爵邸を訪ねてくる。ユリ子によると、震災で一家が全滅した絹川子爵が時価一〇〇万円の美術品を隠したので、それを探せば借金が返済できるという。財宝の隠し場所は暗号になっていて、文字が読めないユリ子は差し押さえと称して樺谷子爵の娘・鞠子を連れ出す。財宝を狙う様々な勢力が動き出し、かつて絹川子爵の別邸で殺人事件が発生していた事実が判明するなど事態が入り組むなか、ユリ子が活劇を繰り広げたり、鞠子が暗号解読を進めたりする展開は、戦前のジュブナイルの探偵小説を彷彿させる。ただ謎解きは本格派で、冒頭から張り巡らされた伏線が回収され、関東大震災がなければ成立しなかった仕掛けを浮き彫りにする終盤には、圧倒されてしまった。

 松岡圭祐『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実』(角川文庫)は、一九二九年の日本で、名探偵・明智とフランスの怪盗ルパンが激突する、江戸川乱歩『黄金仮面』とルブラン〈ルパン〉シリーズのパスティーシュである。帝都に出没して大胆な手口で貴重な美術品を盗む黄金仮面の正体、その行方をそれぞれの理由で追う明智とルパン、ルパンと大鳥航空機の令嬢・不二子との恋の行方、さらに後に明智の宿敵になる怪人二十面相の誕生秘話もからむなど謎解きあり活劇ありロマンスありの波瀾万丈の物語は、乱歩とルブランの作品を独自に解釈するミステリ論としても完成度が高い。黄金仮面が暗躍を始めたのは、張作霖爆殺の直後。虚構の事件を実際の重大事件に繋げながら、張作霖暗殺の真実に迫る歴史ミステリの要素もあり、『黄砂の籠城』『八月十五日に吹く風』といった重厚な歴史小説も発表している著者の持ち味が遺憾なく発揮されていた。

 芦辺拓『大鞠家殺人事件』(東京創元社)は、太平洋戦争末期の大阪の船場が舞台となっている。

 明治時代に化粧品会社を大躍進させた大鞠家だが、明治末に跡取りの千太郎が行方不明になり、昭和に入ると商売が傾き、それに戦争が拍車をかけていた。茂造を婿に取った千太郎の妹・喜代江が君臨する大鞠家は、家業を嫌って軍医となった長男の多一郎が陸軍少将の娘・美禰子と結婚し上海へ赴任、家業を継ぐ予定だった探偵小説愛好家の二男・茂彦が出征し、長女の月子、二女の文子、嫁の美禰子ら女性たちが支えていた。昭和二〇年、月子が日本刀で切られ大量の血糊がまかれる事件が発生、月子は無事だったが茂造の首吊り死体が発見された。続いて蔵にある樽の中で溺死した喜代江が見つかり、大鞠家の連続殺人を調べていた探偵の方丈も殺されてしまう。犯人は誰で、なぜ事件の現場や被害者を派手に装飾したのか? 謎が解かれるにつれ、探偵小説を弾圧するなど表現を規制し、平然と国民を死地に送った時代への批判が浮かび上がってくる。この問題提起は現代とも無縁ではないだけに、著者のメッセージは重く受けとめる必要がある。

 一九五〇年一月、静岡県の二俣町で一家四人が惨殺された事件は、一八歳の少年が逮捕され地裁、高裁で死刑判決が出たが、後に冤罪が明らかになった。安東能明が故郷で起きた二俣事件に取り組んだのが『蚕の王』(中央公論新社)である。

 物語は、著者をモデルにした作家が当時を知る関係者を訪ね話を聞く現代のパートと、事件発生から犯人の逮捕、取り調べ、裁判までを丹念に追う過去のパートをカットバックしながら進んでいく。そのためルポルタージュとしても、エースの赤松刑事のチームが被疑者を拷問して自供をさせるなど冤罪が生まれるプロセスを描いたダークな警察小説としても、弁護士が圧倒的に不利な状況を覆す法廷サスペンスとしても、取材を重ねた作家が真犯人を指摘する歴史ミステリとしても秀逸である。

 自白の絶対視や人質司法など冤罪を生むメカニズムは当時も今も変わっていないだけに、日本の前近代性に暗澹たる想いがするかもしれない。親分肌の赤松は自分の意のままに動くアンタッチャブルなグループを作るが、これはワンマン経営の会社で不正が見過ごされたり、外部の目が入らずハラスメントが横行したりする日本の組織の構造的な問題点とも重なっているのである。

 本の束見本に書かれた手記という体裁を取り途中に空白のページが入る都筑道夫『猫の舌に釘をうて』、本の表紙側からも裏表紙側からも読め、中央に袋とじの解決編を置いた折原一『黒い森 生存者 殺人者』や芦辺拓『ダブル・ミステリ 月琴亭の殺人/ノンシリアル・キラー』、袋とじのまま読むと短編、袋とじを開くと長編になり短編が消える泡坂妻夫『生者と死者 酩探偵ヨギ ガンジーの透視術』など、造本に仕掛けを施したミステリは少なくないが、全六章をどんな順番で読んでも物語が成立し、全七二〇パターンが楽しめる道尾秀介『N』(集英社)は、究極の仕掛け本といえる。図や写真を効果的に使った著者の『いけない』も体験型小説だったが本書はさらにパワーアップしており、本を上下反転させながら読み進めると、著者が書き、読者が読むことで読書が完結するという事実が改めて実感できる。

 矢野隆『戦百景 桶狭間の戦い』(講談社文庫)は、合戦をテーマにしたシリーズの第二弾で、織田信長が台頭する切掛けになった桶狭間の戦いを取り上げている。

 桶狭間の戦いは、長く豪雨を利用した奇襲とされてきたが、近年は正面から義元本陣を突き勝利したとの説も出てきている。著者がどちらの説を採用し、どのような顛末を描いたのかは実際に読んで確認して欲しい。

 国鉄分割民営化直前の一九八七年三月三一日の夜、名古屋工場保線区の職員一〇名が戦国時代にタイムスリップする豊田巧『信長鉄道』(ハルキ文庫)は、半村良の名作『戦国自衛隊』を思わせる作品である。

 織田信長に謁見したリーダーの十河は、「國鉄」という国の民を名乗り、迎えの船が来るまで滞在する許可を得た。時は桶狭間の戦いの直前、十河たちは信長が勝利するよう熱田から桶狭間まで鉄道の敷設を始める。といっても、十河たちが使えるのは詰所を中心に半径二〇〇メートル内にあった機関車、資材だけで、それがなくなれば補充は難しい。十河たちが、この難題を知恵と経験で克服する展開が面白く、鉄道ファンならずとも引き込まれてしまうだろう。国鉄を愛するがゆえに民営化に反対した十河たちは、新会社(JR)に入れない可能性が高かった。将来を悲観していた十河たちが、列車を走らせ沿線住民の生活を支えるという本来の仕事をすることで輝きを取り戻すところは、仕事に誇りを持てることがいかに重要かも教えてくれるのである。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2022年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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