猫は何もする気がないけれど、それでいい。ヒトはどうして必死になって働くのか――養老孟司と朝井まかてが語る愛猫の思い出

対談・鼎談

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ヒトの壁

『ヒトの壁』

著者
養老 孟司 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
自然科学/自然科学総記
ISBN
9784106109331
発売日
2021/12/17
価格
858円(税込)

書籍情報:openBD

となりにいても、いなくても 対談・養老孟司×朝井まかて

[文] 新潮社


朝井まかてさんと養老孟司さん

2020年12月に3日ちがいで飼い猫を見送った養老孟司さんと朝井まかてさん。

“まる”と“マイケル”それぞれとの思い出から、無理に喪失感を埋めようとしない今のお気持ちまで、しみじみと語っていただきました。

仕事中にパソコンのキーボードに乗ってくるなど、猫を飼っていれば誰もが経験するであろう「あるある」話が出たと思えば、解剖学者ならではの猫を含む動物の行動の考察にまで話題は広がり、ほほえみと発見に満ちた対談になっています。新著『ヒトの壁』でも読者の共感を呼んだ猫との愛おしい日々……。

 ***

まるとマイケル

朝井 この対談のお話をいただいてから、先生のところのまるちゃんとうちのマイケルが亡くなったのがわずか3日ちがいと知って驚きました。生前のまるちゃんのお話を聞かせていただけますか。
養老 まるは雄のスコティッシュで、娘が奈良のブリーダーからもらってきました。家内はネコがあんまり得意じゃなくて、たまたま旅行で留守にしていた間に、娘がうちに持ってきちゃったんです。家内との折り合いが心配だったけれど、家内のほうが意外に気に入って。その理由が、口がきれいだったから。ネコって大体、泥棒するけれど、まるは食卓に上げても全然食べないんです。まるの前に飼っていたネコは、お手伝いさんがカニサラダを作って後ろにそのお皿を置いて、流しを使ってから振り向いたらカニだけきれいにない、というようなことがよくあったから(笑)。

朝井 わかります、その状況(笑)。

養老 前のネコは、引っ越しをしたとき一晩は警戒するんだけど、その次の日には走り回ってネズミを捕って家の中に置いてました。うちは山の中なので、ヘビもモグラもリスもいて捕るんですね。捕った鳥は食べちゃうから羽根だけ残ってて。それに比べると、まるは何もしない、ひたすら寝てるだけ。よく考えてみたら、ずっと日本のネコを飼っていて、洋猫を飼ったのはまるが初めてでした。

朝井 前は和猫でいらしたんですか。

養老 そうです。まるは何にもしないネコだから事件もなしで、気が付いたら、十何年も一緒に過ごしていました。

朝井 まるちゃんは、夜はどこで寝ていたんですか。

養老 その都度勝手に自分で寝る所を決めて。僕の寝床に入ってくるということも、しないんですよ。とにかく毛が密なせいか、あんまり寒がらないネコでした。

朝井 『ネコメンタリー』を拝見していたので、肢を四方にどひゃあと投げ出した寝方も印象に残っています。

養老 アザラシだかオットセイみたいでね、食肉目なので、大きくとらえるとネコと同じ仲間なんです。だからアザラシのようになっても不思議はない。ほとんど上からつぶした状態になって寝ていました。朝井さんのところはどうでしたか。

朝井 うちのマイケルも一緒に寝るということはなかったのですが、私が寝床に入ったら自分も2階にどすどすと上がってきて、私の顔を枕にして寝ていました。夏は暑くて。亡くなったときは24歳でした。

養老 それは随分と長生きでしたね。

朝井 そうですね。しっぽが三つに分かれていてもおかしくないぐらい。いつもみんなに、なんで、そんな工夫のない名前付けたん?と不思議がられるんですけど、普通の名前を付けたいと思って、まんまとスベリました(笑)。女の子なんですが、そういう名前を付けたからか、男の子みたいな性格のネコで。それから、自分の要求を通すまでは決して諦めないネコでしたね。絶対に諦めない。

養老 ネコってそうですよね。ものすごく頑固でしょう。

朝井 見事に後ろを見せない、引かないというところがあって、そういうところが好きでした。ただ、お医者さまがとても苦手だったんです。

養老 そうですか。

朝井 子ネコの頃はワクチンを打ちに行くと待合室で失禁してしまう。診察台に置いた途端に暴れて、お医者さまの手をバンバンたたく。なぜか、爪で引っかくという攻撃は一度もしたことがなく、爪が武器になることを知らなかったのかしらん。とにかく攻撃はパンチ一本槍。家に大型犬が遊びに来たときも、何か気に入らないことがあったんでしょう、自分の体より大きな顔にバシッとお見舞いして。飼い主さんにもワンちゃんにも申し訳なかったですが、皆、きょとんとして後は大笑い。今もあの雄姿を思い出します。そういう付き合いがいのある、手応えのあるネコでしたね。

養老 仕事の邪魔はしませんでしたか。

朝井 しました。本の上、資料の上に乗って。私が執筆しているときは、ずっと書斎のソアァにいて、庭に出たくなったら出せ、おなかが空いたら何かちょうだい、いろんな要求をするんですけど、明け方になっても私が仕事をしている限り、そこにいるんです。

養老 でしょう(笑)。パソコンのキーボードの上にも乗るでしょう。

朝井  飛び乗ってきましたね。

養老 ttttt……って打ってくれる。

朝井 うちはvvvvv……(笑)。これで何か一文でも進めてくれればいいのに、と思うんだけど。

養老 まるがキーボードに乗ってきたら抱き上げるんだけど、それだけじゃなくて何やかや、やっぱり構うようにしていました。仕事をやりながら構っても、いないほうが仕事はかどるのになと思うことはありませんでした。あと、マウスを持つ右手へ上がって寝るんです。

朝井 あれは(鼠の)マウスだと知ってるのかも(笑)。机に上がると、とにかく私の視界の中央にドカッと座るんです。だからキーボードをよけて、ひたすら、動いてくれるのを待っていました。その間、執筆は中断です。少しは休憩しなさいよって、言われてるような気もして。

ネコの喜怒哀楽?

朝井 まるちゃんのことを養老先生の奥様は「口のきれいなネコ」とおっしゃったそうですが、うちは盗み食いはしました。食卓に削り節をかけたお浸しをうっかり置いたりしたら、もうダメで。はっと気付いた時は小鉢に顔を突っ込んでましたね。でも、お尻はきれいなネコやったんです。トイレは絶対に失敗しなかったのに、亡くなる1年くらい前からトイレに入るもお尻だけ外に出てるとか、見当識を失っているのではないかと思うこともだんだん増えて。最後にはトイレにも行けなくなってしまいました。

養老 ネコは教えなくても、トイレを作ってやれば、そこへ行きますね。トイレを教えなきゃなんないのはサル、人間です。フロイトがそれを主張していて、社会的に最初に矯正されるのはトイレです。

朝井 なるほど。社会性の始まりがトイレ! マイケルがだんだん弱ってきた頃ですが、明け方、寝ている私の上にのっかって、機嫌よく私を見下ろしていたことがありました。じっとりとお布団が濡れてきたので、ああ、したんやなあと思いながら、おしっこだらけの中で微笑しているので、私もじっと動かずにいて。あれが、彼女が笑った最後だったかなと。笑うって、こちらが勝手にそう受け取っているだけでしょうか。喜怒哀楽とか、猫にも複雑な感情もあると感じたことがあります。

養老 面白いものでね、人間でも実はわかりません。最近の脳科学では、喜怒哀楽は「社会的現実」だと言われていますが、僕の若い頃は、脳が一定の判断をすると教え込まれていました。怒りには怒りの反応があって、それは脳のどの部分が活動してとか、そういう結論がいずれ出るんだと思っていたのに、よく調べていくと、そんな一般論は、とてもできない。全部ばらばらで、脳の働き方というものは、一つには当てはめられない。そうすると、みんなが一致して怒ったり笑ったりするのは、つくられた現実なんですね。社会的現実と今では言うんです。だから、ネコが笑っているかどうかは、こちら側がつくっているんですね。

朝井 自分がそう感じてしまうんですよね、喜んでるわ、とか。鏡のように。

養老 まるが一番喜んでいたのはおそらく食べ物です。何しろマヨネーズが好きで、それをやると娘が体に悪いって言うんだけど、本人が食べたいと言うんだから、いいだろうって、あげちゃう。しかも、「ベストフーズ」という、アメリカの大きな瓶に入った高価なマヨネーズじゃないと駄目なんです。まるはマヨネーズ好きだと講演で言ったら、お客さんから親切にキユーピーマヨネーズをもらったのに、それをやっても食べないんです。結構好みにうるさいです、ネコは。

朝井 うるさいですね。うちは最初に、マグロを小さく切って与えたのが美味しかったみたいで、だから始終サクで買ってきて、ちょっとずつ、あげていました。そのマグロが古くなると、私たちがヅケにして食べる。まるちゃんは草は食べませんでしたか。

養老 庭でしょっちゅう食べていました。ササみたいな、とんがった葉っぱをわざわざ、かじってるんですよね。

朝井 うちも庭のススキの幼い芽を、よう食べてましたね。毛玉を吐くのに、あれは上手いことできている仕組みですね。

養老 まるはとにかく毛の厚いネコだったので、吐き出す毛玉の量はすごかった。

朝井 洗うと、意外とスマートでしたか。

養老 風呂嫌いで、中に何があるんだろうと思って風呂場までは付いてくるんですけど、中へ入れようとすると逃げる。

朝井 うちはとにかくお湯が好きで。お風呂のお湯を飲みに来るんです。たまに浴室でジャボンと音がして、あっと思って見に行ったら顔だけ出して泳いでいました。得意げに(笑)。ネコは洗わなくてもいいって、言われてますね。

養老 ネコは自分できれいにしますよ。

朝井 そうですね。高齢になってグルーミングができなくなると毛が固まってドレッドヘアになりました。全部、自分でしケアしていたんですね。

養老 ネコの舌はすごいですからね。顕微鏡で見ると面白いです。ざらざらで、乳頭というとんがったやつが一面に生えています。あれで毛をすくんでしょうね。

朝井 ブラシのように。だからネコにしてあげないといけないことはあまりなくて、生活の中の主役という感じとは少し違うんですよね。

養老 でもだいぶ留守にすると、気になりますね。留守にして帰るとき、あっちこっちにおしっこをしたりしていました。

朝井 抗議行動ですね。

養老 そう思ってるかどうかはわからないですけど、日常が乱されるのはいやだったみたいです。僕がいて当たり前、みたいなもので。まるは僕に餌だけではなく、戸を開けろとか入れろとか、しょっちゅう要求してきましたから。

朝井 私は長く家を空けるときは、妹に泊まりがけで世話をしに来てもらっていたのですが、夜、私のベッドで妹が寝ていると、マイケルがどすどすと上がって妹を見下ろして、なんや、おまえか!みたいな顔をして去ったらしいです。

養老 確認に来るんだな。

朝井 私と妹の声がそっくりなので、一瞬、間違えるらしいんですけど、お姉ちゃんと違うってはっきりわかってたわ、と妹は苦笑いしていました。われわれには見えない波長のような何かが出ているのかしら。

養老 まるも編集者とかお客さんが来ると、反応はないけれど必ず確認に来ました。見ないふりしてそばに来るんです。

朝井 マイケルは隠れもせず、そばにも来ず、でも玄関に並んでる靴の中に顔を突っ込んでたりするんですよね。上機嫌で。お客さんにも、抱っこしようと手を伸ばされると駄目で。雑種なんですが、アメリカンショートヘアが入っていました。あの種類は抱かれるのが嫌いなんでしょうか。抱っこは嫌がる、ひざの上にも乗らない。

養老 まるも抱かれなかったです。束縛されるのを嫌がるのかと思って、抱くときはできるだけ自然の状態にしていました。腕に乗っけるような感じでね。大きなネコだったんで、溢れちゃうんです。

朝井 最高で何キロありました?

養老 一番重いときで7.5キロありました。

朝井 それはご立派!

養老 僕はサルを飼っていたことがあるんですけど、子猫が大好きでね、抱くんですよ。ネコは嫌がりますけどね。サルの時代からヒトはネコが好きなんだから、もうしょうがないと思う。

朝井 サルはどういう気持ちでネコを抱くんでしょう。

養老 触覚じゃないですかね。触った感じの柔らかさ。

朝井 ああ、柔らかさ。

養老 触覚について言うと、毛皮のような柔らかいものを子猿に抱かせるのと、金網でできた同じようなものを抱かせるのとでは全く、結果として育ちが違ってくる。後者はサルにいろんなストレスとかトラブルが起こってまともに育たない。触覚って、意外に研究不足なんです。

朝井 ネコでもイヌでも、手触りって全然、違いますものね。ネコは毛だけじゃなく、体ごと柔らかい。しなやか。

養老 あるとき、明かりに寄って来た5ミリぐらいの虫を捕ったんです。片手でつまんでたんだけど、もう一匹見つけたので、そっちもつまんだら、明らかに違うんです、動きが。それは指でわかる。これは別な種類だと思って、持って帰って調べたら、やはり別のもの。見た目はよく似ているし、同じ科なんですが、別のもの。人間の触覚もばかにできなくて、気が付かない人が多いんだけど、点字が読めるでしょう? 目や耳と同じぐらいの鋭さを持っているんです。

新潮社 小説新潮
2021年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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