同じ景色をそれぞれの立場で心を研ぎ澄ます穏やかな時間

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青と緑 ヴァージニア・ウルフ短篇集

『青と緑 ヴァージニア・ウルフ短篇集』

著者
ヴァージニア・ウルフ [著]/西崎 憲 [編集、訳]
出版社
亜紀書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784750516929
発売日
2022/01/19
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

同じ景色をそれぞれの立場で心を研ぎ澄ます穏やかな時間

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 長らく出版業界では「短篇集は売れない」と信じられてきた。加えてチェーン系書店の海外文学の棚は全国的に縮小傾向にある――。そんな逆風を軽やかに撥ねのけたのが西崎憲・編訳『青と緑 ヴァージニア・ウルフ短篇集』(亜紀書房)だ。今年1月下旬に書店に並び始めるや、追加注文が相次ぎ、1週間足らずで重版が決定。異例の売れ行きに出版関係者らは目を丸くする。

 ウルフ関連の本といえば、昨年3月に同じ出版社から刊行された『かわいいウルフ』(小澤みゆき・編)も大きな反響を呼んだ。こちらは同人誌の企画から生まれた本で、“モダニズム文学の旗手”を身近に感じさせる「ファンブック」の豊かな味わいが読者の心を掴んだ。

「文学史に名を連ねるような作家の本って、本自体のつくりも重厚で格式ばったものになりがちですよね。そこでよそよそしさを感じて手を引っ込めてしまう人も少なくないと思うんです。今回の『青と緑』の場合は短篇集ですし、忙しない毎日の中でも気を張らずちょっとずつ読めるのが特長かなと。そのぶん、読者の生活のそばに置いてもらえるようなつくりにしたかったんです」(担当編集者)

 本書は「ブックスならんですわる」と名付けられたシリーズの一作目となる。装丁を担当したのは、クオンの「新しい韓国の文学」シリーズや晶文社の「韓国文学のオクリモノ」シリーズなどを手掛けてきた鈴木千佳子氏。どちらも現在の韓国文学ブームを牽引してきた名シリーズだ。ミニマルでフラットなデザインは、読者に向かって「開いている」印象を与えるのではと編訳者の西崎憲氏は語る。

「今はもうかつてのような権威付けが用をなさない時代なのかなと。“ならんですわる”というシリーズ名には、同じ景色を、あくまでそれぞれの立場から見て語り合えたら、という願いが込められています」

 例えば、表題作はたった2ページに収まる短さ。ただ景色を点描するような言葉のつらなりの鮮やかさ、緊密さに、心がしんしんと研ぎ澄まされていく。「そういう穏やかで平らかな時間こそが、今の時代を生きる人びとに必要なのかなと思っています」(担当編集者)。

新潮社 週刊新潮
2022年2月24日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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