松野家の荒物(あらもの)生活 松野弘、松野きぬ子著

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松野家の荒物生活

『松野家の荒物生活』

著者
松野 弘 [著]/松野 きぬ子 [著]
出版社
小学館
ジャンル
芸術・生活/家事
ISBN
9784093070096
発売日
2021/12/02
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

松野家の荒物(あらもの)生活 松野弘、松野きぬ子著

[レビュアー] 萩原健太郎(文筆家)

◆無骨な道具との粋な日常

 取材で地方を回っていると、荒物屋を“発見”することがある。かつては日々の生活雑貨を買い求める場所であり、地域のコミュニティスペースの役割も果たしたが、ホームセンターの出店やライフスタイルの変化により、年々出合うのが困難になっている。

 店内をのぞくと、竹や樹皮などの地元の素材で編まれたかごやざる、ほうきやちりとり、ブリキのバケツやたらいなどの荒物が、行き場をなくし、途方に暮れているように映る。僕は昭和四十七年生まれで、都会のマンションで育ったが、それらを実家で見た記憶はない。九州の祖父母の家のだだっ広い台所で、おばあちゃんが使っていたのを覚えている程度だ。 

 令和の東京の下町で、昔と変わらない荒物のある日常を送っているのが、著者の松野夫妻だ。地方で荒物屋が消えゆくなか、松野家が営む「松野屋」は多くの人を引きつけている。僕もお邪魔したことがあり、ベトナム製のハサミを購入した。店員さんが「紙くらいしか切れません」って教えてくれた。無骨(ぶこつ)で愛嬌(あいきょう)のある形がすっかり気に入ってしまい、郵便物が届くと張り切って封を切っている。

 本書では荒物とともにある“ナイスな暮らし”が紹介されている。個人的にいいなあ、と思ったのが、弘さんの銭湯と喫茶店のモーニング付きの早朝のウォーキングの習慣。岩芝の繊維で編んだかばんを肩からかけて歩く姿が何とも粋だ。また適材適所の道具を用いた年末の大掃除、世代を超えて伝えられるおせち料理、真冬の味噌(みそ)づくり、梅雨の梅干しづくりなどの丁寧な営みは、日本の四季の豊かさをあらためて教えてくれる。

 近年は美術館でも展覧会が開催されるなど、民藝(みんげい)が注目されている。民藝は「民衆的工藝」の略であり、本書によると荒物は「民衆的手工業」から生まれる。大量生産品ではない、美術工芸品でもない、無名の職人によってつくられる日用品であることが共通するが、美の視点が加わる民藝に対し、より大衆的で生活に溶け込んでいるのが荒物といえるだろう。

(小学館・2090円)

生活雑貨を扱う「暮らしの道具 松野屋」を夫婦で切り盛りしている。

◆もう1冊

青幻舎編集部編『世界を歩く、手工芸の旅』(青幻舎)

中日新聞 東京新聞
2022年2月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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