人間と宗教 あるいは日本人の心の基軸 寺島実郎著

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人間と宗教あるいは日本人の心の基軸

『人間と宗教あるいは日本人の心の基軸』

著者
寺島, 実郎, 1947-
出版社
岩波書店
ISBN
9784000615051
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

人間と宗教 あるいは日本人の心の基軸 寺島実郎著

[レビュアー] 島薗進

◆国家神道への振り返りも

 著者は豊かな国際的視野に基づく経済や政治の分野の論評で知られるが、文明史的な視野をもった読書家、批評家でもある。本書はその成果をまとめたもので、現代人にとって宗教とは何かという問いに、日本という場から応答したものだ。内にひきこもり尊大な自己評価にふけるのではなく、日本の伝統を踏まえて宗教について堂々と語るための知的基盤を探る試みでもある。

 一方で世界の宗教史の深掘りのための視点が提示されている。紀元前一千年期の世界宗教の誕生をどう捉えるか、一神教の歴史をビザンツ帝国の歴史からどう捉えるかといった問いだ。人類史研究の新たな成果への目配りなど、学ぶところが多い。他方で、日本の宗教史や近代日本の宗教的な自己省察の意義が問われている。聖徳太子、空海、親鸞、日蓮、キリシタン、織田信長、新井白石、荻生徂徠(おぎゅうそらい)、本居宣長などが取り上げられるが、同時代の世界の中での日本と日本の宗教的ビジョンの特徴への視点が通底している。

 これらの考察を踏まえ、後半では現代日本人として日本の宗教伝統をどう受け止めるかという問いへと向かう。副題にあるように「日本人の心の基軸」を問うということだ。内村鑑三、新渡戸(にとべ)稲造、鈴木大拙(だいせつ)のような国際経験に富んだ人々の「日本人の心の基軸」への論究が今なお強い訴求力をもつことが示される。だが、明治維新後に強力に展開した国家神道への振り返りも忘れてはならない。戦後日本は国家神道の「解体」を受けて、どこへ向かおうとしてきたのか、司馬遼太郎の明治時代論はその空白を埋めようとしたのではないか。経済発展が空白を押し隠してきた時代を過ぎて、今こそあらためて日本人の心の基軸を問い直す必要があると論じられる。

 力強い大きな視野と個々の対象の生彩ある描写があいまち、「人間と宗教」をわがこととして問う意欲を培ってくれる好著である。

(岩波書店・2200円)

1947年生まれ。日本総合研究所会長、多摩大学学長。ユーチューブなどで「寺島実郎の世界を知る力」を配信中。

◆もう1冊

島薗進著『神聖天皇のゆくえ 近代日本社会の基軸』(筑摩書房)

中日新聞 東京新聞
2022年2月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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