土方歳三と松前家中 二人の運命を翻弄する「箱館戦争」を、気鋭の歴史作家が描いた一冊

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北斗の邦へ翔べ

『北斗の邦へ翔べ』

著者
谷津 矢車 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413893
発売日
2021/11/15
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 歴史・時代]『北斗の邦へ翔べ』谷津矢車

[レビュアー] 田口幹人(書店人)

 三十代、四十代の書き手の活躍が目覚ましい歴史小説界において、その先頭を走っている一人である谷津矢車が今回挑んだのは、幕末のキーマンとして多くのエピソードが残されている土方歳三だった。奇才・谷津矢車が、これまで数多くの映画やドラマ、小説の題材とされてきた土方歳三を描くとは。読み始める前からワクワクが止まらない。

 幕末の蝦夷地・箱館を舞台とした戊辰戦争最後の戦いとなった箱館戦争を題材にとった氏の最新刊『北斗の邦へ翔べ』(角川春樹事務所)には、主人公が三人いる。

 その一人目の主人公が土方歳三である。反薩長政府の士を糾合し、海軍力を駆使して蝦夷地を占領した榎本釜次郎と行動を共にした歳三の視点で、亡き友・近藤勇と夢見た国盗りを実現すべく樹立した箱館政府と、薩長政府との雌雄を決した宮古湾海戦を背景として、敗北に至る過程が一つの物語の柱となっている。

 諦めではなく、腹を括り、友と見た夢の実現を願い、戦いに挑む土方の姿が印象的だった。

 もう一人の主人公、松前藩士の息子として生まれた少年・春山伸輔は、松前藩のお家騒動に巻き込まれる形で藩を追われ、榎本軍の兵士を狙う義賊となっていた。その後、共通の敵である榎本軍に立ち向かうべく組織された遊軍隊に誘われ、帰参への術として参加し、遊軍隊の仕事をするようになった。

 そんなある日、市中見廻りに出ていた土方歳三と出合う。お互いの素性を知らぬまま、忍び寄る大きな戦いが二人の運命を切り裂いていくことになる。

 三人目の主人公、それは箱館という町を築いてきた箱館に暮らす人々である。榎本軍と薩長政府の戦いに巻き込まれる形で、これまでの暮らしを奪われた人々の想いが物語の根底に流れていた。よってたかって大事なもの、そうじゃないものまで、のべつ幕なしに奪い去り、己の利に組み込もうとする薩長政府や榎本軍、さらには西洋列強やそれらに群がる商人などの大きな者たちに対する憎しみ。そして、箱館を築き上げてきた人々のこの地を再び自分たちの元に取り戻すのだという強い想いを感じることができた。

 その象徴として、登場頻度は少ないが、高田屋嘉兵衛の存在感が際立っていた。そこに著者の箱館戦争という史実に対する考え方を読み取ることができる。

 作中、高田屋嘉兵衛や榎本軍、そして土方歳三の夢と共にあった箱館という地で、歴史の続きを生きる者たちの想いを背負う人物が登場する。地下には、かつてその地を揺るがした熱が冷めずに沈んでいる。その想いは、水脈のように今も函館の町の地下を流れているのだろうか。

新潮社 小説新潮
2022年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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