リーガルミステリーの新たな旗手は現役弁護士

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リーガルミステリーの新たな旗手は現役弁護士

[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)

 冤罪死刑囚の救済に奔走する専任弁護士の活躍を描いたジョン・グリシャムの『冤罪法廷』(新潮文庫)は、新年の読書にふさわしいシリアスにして痛快なリーガルミステリーだった。そしてその解説で、冤罪を生み出している“エセ科学”の重視、エセ専門家証人の重用等は何もアメリカに限ったことではなく、日本でも似たり寄ったりだと喝破したのが、現役弁護士作家の田村和大。

『冤罪法廷』と前後して、その田村の書き下ろし長篇も刊行されたとなれば読まない手はないだろう。

 本書の舞台は著者の本拠地でもある福岡。主人公の一坊寺陽子は四〇歳の元検事の弁護士で、物語は彼女の事務所に司法研修所時代の同期・桐生晴仁が訪れるところから始まる。

 用件は二つ。一つは殺人被疑事件の弁護人、もう一つは懲戒請求事件の代理人の依頼。前者は虐待を受けていた少女が実の父親を殺した事件で、後者は「桐生晴仁が佐灯昇を殺した」と書かれた請求書の差出人を捜してほしいというもの。佐灯は桐生の従兄弟で、一六年前、埼玉県熊谷市でやはり両親を殺し有罪になっていた。その公判で桐生は弁護人、陽子は担当検事だったのだ。

 冤罪被害者を父に持つ陽子はその正義感と「ヤマを見る」能力を見込まれ検事に就いたものの上意下達の旧弊な組織のありように失望、弁護士になった。今度も同期の願いとあらばと二件とも受けるのだが……。

 読みどころはむろん懲戒請求書の謎の方で、一六年前の事件が改めて掘り起こされていく。埼玉県警の元刑事が協力者として登場するあたり、東京と福岡の刑事がタッグを組む松本清張の名作『点と線』を髣髴させないでもないが、同じ社会派でも、こちらは現代の家族悲劇が浮かび上がってくる。気丈でやり手の陽子も、私生活ではダメ男との腐れ縁が切れない悩みあり。グリシャムとはタッチは異なるが、大仕掛けもあって、読み応えは優るとも劣らない。

新潮社 週刊新潮
2022年3月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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