或る文学者・古書蒐集家の本と文学の愉しみ方

レビュー

8
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

私の文学渉猟

『私の文学渉猟』

著者
曾根博義 [著]
出版社
夏葉社
ISBN
9784904816394
発売日
2021/12/25
価格
2,530円(税込)

書籍情報:openBD

或る文学者・古書蒐集家の本と文学の愉しみ方

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 二〇一六年に亡くなった日本文学研究者で古書蒐集家の、没後に編まれたエッセイ集。半分勉強のつもりで読み始めたら、予想をはるかに超えて面白く、興奮がさめない。

 古書ミステリというジャンルがあるけど、その恰好の材料になりそうな話が惜しみなく披露される。実証的かつ精緻に謎が解き明かされ、何度も「ええええ?」と声が出そうになった。

 伊藤整の研究者である著者は、伊藤の『小説の運命』の初版を三冊持っていて、あるとき、署名と落書きのある一冊の、見返しの塗りつぶされた箇所を明かりにかざすと「太宰治様」の四文字が読み取れたそうだ。太宰治、伊藤整からの献呈本を売っちゃったのか。

 その伊藤の『日本文壇史』の叙述法について、人と人との「結びつき」ではなく、意識的な「結びつけ」だと著者は書く。著者自身の書き方にもそれは当てはまる。糸を張り巡らせることによって、そこに思いがけない世界が見えてくるのだ。

「あなたは他人のことに興味を持ちすぎる」と、今は有名作家になった若い女子学生(だれのことだろう)に言われたことがあったそうだ。

 書物や書簡に当たるだけでなく、文学者に直接会ったときの印象も、他人に興味のある人ならではの視点で描かれる。たとえばモダニズムの詩人春山行夫が、「何か新しい便利なものが出ていないか」、必ず荒物屋に立ち寄ったというエピソード。詩作と生活態度が重なるようで、詩人の肖像が忘れがたいものになる。

 英美子という明治生まれの詩人と周囲の文学者の紹介にも興味をひかれた。「日本古書通信」が初出の連載で、何回かにわたり描かれるが、最後に、著者が学生時代、英の息子でギタリストの中林淳眞にギターを習っていたと明かされる。きっかけは映画「太陽の季節」の音楽を中林が演奏していると知ったことだったというのがミーハーでお茶目だ。

新潮社 週刊新潮
2022年3月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加