戦前、戦後、そして現代 隣国・台湾を知るおすすめ3冊

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  • 蓬萊島余談 : 台湾・客船紀行集
  • 台湾人生 : かつて日本人だった人たちを訪ねて
  • 歩道橋の魔術師

書籍情報:openBD

戦前、戦後、そして現代 隣国・台湾を知るおすすめ3冊

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

『冥途』『百鬼園随筆』などで知られる内田百間『蓬莱島余談』は、百間が日本郵船に嘱託として勤めていた時代の紀行集だ。〈蓬莱島〉とは台湾のこと。一九三九年十一月、百間は中学校の先輩で製糖会社の重役を務める友人に招かれ、台湾に約九日間滞在した。出発前の神戸の食事をめぐるドタバタも含めて、旅の思い出が綴られている。

 百間は自らのリアリズムについて〈紀行文みたいなものを書くとしても、行って来た記憶がある内に書いてはいけない。一たん忘れてその後で今度自分で思い出す。それを綴り合わしたものが本当の経験であって、覚えた儘を書いたのは真実でない〉と語っている。パイワン族の内気な酋長、汽車の窓から眺めた大きなバナナ畑、水牛の背中に止まった鶺鴒のような美しい鳥、持病の結滞(不整脈)に苦しんだこと、台湾にはいい風が吹くと感じたこと……。時間のふるいにかけられた光景やエピソードは、読んだ者の心にも残る。

『蓬莱島余談』に出てくる〈内地〉とは、日本のことだ。台湾は一八九五年から五十年にわたって、日本の統治下にあった。酒井充子『台湾人生』(光文社知恵の森文庫)は、同名映画の監督が、台湾において日本語教育を受けた世代の人々を取材したインタビュー集だ。第二次大戦前の日本統治時代と戦後の国民党統治時代の両方を経験した人たちの半生と複雑な想いを知ると、「台湾は親日」という単純なイメージで見ることはできなくなる。

 日本人として育ったのに、戦争が終わったら日本に見捨てられた。そして〈祖国の同胞〉だと思って歓迎した中国人による支配も過酷だった。陳清香という女性の〈台湾人のね、悔しさと懐かしさとそれから何と言いますか、もうほんとに解けない数学なんですよ〉という言葉は忘れがたい。

 そんな台湾の現代文学が日本でいま注目を集めている。呉明益『歩道橋の魔術師』(河出文庫)は初めに手に取る一冊としてすすめたい。三十年前に取り壊された台湾初のショッピングモールを舞台にしたノスタルジックな連作短編集だ。

新潮社 週刊新潮
2022年3月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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