「正義の存在」が悪の道へ迷い込む タブーに触れる物語
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「禁忌」です
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警察官は犯罪を犯してはならない。いや、誰であっても犯罪を犯してはいけないのだが、特に警察官にとってはタブーだ。そんなことをしていたら法治国家が成り立たない。
警察小説の分野に「悪徳警官もの」と呼ばれるジャンルがあるのは、その存在がタブーだからである。警察に対する私たちの、無意識の信頼を破壊するからこそ、成立するジャンルといっていい。そして、マッギヴァーンの『殺人のためのバッジ』『悪徳警官』を始め、わが国でも柚月裕子『孤狼の血』など数多いのは、洋の東西を問わず、時代を問わず、そのタブーに触れる物語に対する興味が、私たちのなかにあるからにほかならない。
乃南アサ『禁猟区』もそうした一冊だ。ただし、この『禁猟区』、四編を収録する作品集だが、少しだけ異色。というのは、確信犯は少なく(冒頭の表題作は確信犯的犯罪だが)、些細なことをきっかけに悪の道に踏み込む警察官を描いているからだ。
取り締まるのは、警視庁の警務部人事第一課。岩瀬係長を中心に、三瓶副主査、夏木主任、そして監察官沼尻いくみたちが良からぬ噂を聞くと調べ始める。
取り締まる側の彼らが前面に出ないのも特徴だ。物語の中心にあるのは、なぜ犯罪に手を染めてしまったのかという警察官たちのドラマで、そちらに焦点が合っている。警務部人事第一課の面々は、どちらかと言えば、脇役なのである。この構成も変わっている。