『明日のフリル』
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服屋の店員、こわくない。 『明日のフリル』著者新刊エッセイ 松澤くれは
店員に話しかけられたくないから服屋に行きたくないという人が少なくない。気持ちはわかる。のんびり見たいから放っておいてほしいときは僕にもある。
だけどアパレル店員を避けないで。彼らは服を着る人を愛してくれる、超ド級の服オタク。絡まれたほうが面白い。
とあるショップでのこと。初めて店を訪れたとき、あぐさん(仮名)という店員に話しかけられた。
派手髪ツインテールのお姉さんで、ほんわかした印象とは裏腹に、その熱い話しぶりや芯のあるコーディネートから、自分がいいと思うファッションを全力で楽しむ人だとわかった。次第に意気投合し、気づけば、来店の際は必ずあぐさんが接客するようになる。「担当」というやつだ。
今まで店員とはその場限りの会話しか交わしたことがなく、積み重ねの交流は新鮮だった。週一で遊びに行った。毎回買うわけじゃない。軽くおしゃべりして帰る日もある。一人で行って、二人で買い物をするような体験ができた。
ある時。店を訪れると「あっ松澤さん、ちょっと待ってて!」と言ってあぐさんが外に出て行った。店内を見て回って、何となくのんびりしていたら、
「ハッピーバースデー、トゥーユー」
あぐさんが両手にケーキを乗せて戻ってくる。呼吸は荒い。予め用意せず、僕が来店したらケーキ屋に走ろうと考えていたらしい。ローソクの火が商品に燃え移ってはいけないと、僕は慌てて息を吹きかける。服屋でバースデーサプライズされたのは初めてで、嬉しいやら、笑っちゃうやら、とにかく最高のひと時だった。
服屋にあるのは服だけじゃない。そこには人の想いが集まり、店にも店員にもお客さんにも、物語が生まれる。新刊『明日のフリル』には、洋服がつなぐ人々の想いを描いた。読んだあと、久しぶりに服屋に行って、何かがはじまりそうな予感を感じられる―そんな一冊になったら嬉しい。