コロナ禍の不安を遮断して、やさしく、ほんのり幸福感に包まれた「繭」に引きこもれるとしたら……福田和代の最新刊『繭の季節が始まる』

エッセイ

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

繭の季節が始まる

『繭の季節が始まる』

著者
福田, 和代, 1967-
出版社
光文社
ISBN
9784334914516
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

物語の魔法 『繭の季節が始まる』著者新刊エッセイ 福田和代

[レビュアー] 福田和代

 言葉と物語は、ときに「状況」に魔法をかける。

 最初の緊急事態宣言を目前にした二〇二〇年四月のある日、ふと心に浮かんだ物語をネットに書きとめた。

 AIやロボットが普及して、ビスケット工場で働く主人公のおもな仕事は、ビスケットの味見だ。そこにウイルス禍が始まり、人類はあらかじめ用意された「繭」に引きこもる。

「繭の季節が始まる」というそのショートストーリーは、書いた本人が意外に感じたほど多くの読者をえて、おなじ緊急事態の真っ最中なのになんだかやさしく、ほんのり幸福感に包まれた「繭」のありかたに賛同する声もいただいた。

 ウイルスとの戦いがいつかは必ず終わることを、私たちは歴史に学んで知っている。それでも渦中にあれば、見通しのきかない未来はやっぱり不安だ。

 キンキュウジタイセンゲンという言葉の、堅苦しくて窮屈で、人を脅すようなまがまがしい響きもあって、なるべくなら避けて通りたい気持ちになる。

 でも、「繭」なら―。

 ちょっと、入ってみたいかも?

 ウイルス禍の恐怖、先行きへの不安、経済的な心細さ、社会のとげとげしい雰囲気、そんな深刻なものごとをすべて遮断し、ふわふわと温かい「繭」に包まれて、危難が去るのをじっと待つ。できれば、「繭」を出るときには、ひとまわり成長した自分になっている。

 短編連作に改変するにあたり、主人公は「繭」に入れない警察官にした。「繭」の季節でも事件は起きる。ぬくぬくとした「繭」を守る、警察官とロボット猫一匹。彼らの目を通した世界を、楽しみながら書いた。

 文章を書くことで救われたことは数知れない。

 今回も、この物語を書いて救われたのは、わたし自身だったかもしれない。

光文社 小説宝石
2022年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク