アダム・スミス 共感の経済学 ジェシー・ノーマン著

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アダム・スミス 共感の経済学

『アダム・スミス 共感の経済学』

著者
ジェシー・ノーマン [著]/村井 章子 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784152100856
発売日
2022/02/16
価格
3,960円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

アダム・スミス 共感の経済学 ジェシー・ノーマン著

[レビュアー] 根井雅弘(京都大教授)

◆利己と対極の まなざし

 アダム・スミスについての著書はいまでも数多く出版されているが、本書はその中でも出色の出来である。

 古典や哲学に造詣の深い著者は、自由放任主義者や市場原理主義者の元祖のように語られているスミス像には強く異議を唱えているが、その際に『国富論』や『道徳感情論』ばかりでなく、修辞学講義や法学講義などのノート類も咀嚼(そしゃく)したうえで、彼は人間の行動の広い領域をカバーする「人間の科学」を構想したのだと主張している。確かにスミスは市場を損得だけで考えたことはなく、それが「法律」「制度」「規範」「アイデンティティ」などに支えられていることをつねに考慮していた。

 評者がとくに注目したのは、スミスが、利己心と並んで、「贈答」「互恵」「ボランティア」などに代表される「まなざしの経済」(この言葉自体は、英国の経済史家アヴナー・オファによる)を重視していたという指摘である。「まなざしの経済」は『道徳感情論』に出てくる「中立的な観察者」(他人の行動を冷静かつ公平に評価する者)を彷彿(ほうふつ)させる。つまり、市場の損得勘定ばかりでなく、信頼する個人間のまなざしのやりとりがなければ社会秩序が崩壊すると見抜いていたというのだ。著者は、フィードバックが瞬時に返ってくるインターネットの時代でも、この「まなざしの経済」は生きていると主張している。

 著者は経済学者ではないが、現代経済学でスミスがどれほど誤解されてきたか(いまだに「見えざる手」を自由放任主義の推奨と誤解している)についても熟知しており、スミスの啓蒙(けいもう)書を書く人でも読んでいないような文献にもちゃんと目を通している。細部ではもちろん異論もあるが、評者は、これを現役の国会議員が書いたという事実に感銘を受けた。イギリスで古典や哲学の修練を受けた人の知性は決して侮れない。スミスの生涯、思想、現代的評価など、バランスよく書かれた本書を一読すれば、読者は、必ず自分の知らないスミス像に出会うことができるはずだ。

(村井章子訳、早川書房・3960円)

1962年生まれ。英国保守党の国会議員。ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)で哲学の博士号を取得。

◆もう1冊 

高哲男著『アダム・スミス 競争と共感、そして自由な社会へ』(講談社選書メチエ)

中日新聞 東京新聞
2022年2月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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