私説 春日井建(けん) 終わりなき反逆 荒川晃著

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私説 春日井建

『私説 春日井建』

著者
荒川晃 [著]
出版社
短歌研究社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784862726940
発売日
2022/01/11
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

私説 春日井建(けん) 終わりなき反逆 荒川晃著

[レビュアー] 土井礼一郎(歌人)

◆親友が見た歌壇の寵児

 春日井建といえば、まだ十九歳だった昭和三十三年、総合誌『短歌』の編集長・中井英夫に見出(みいだ)されて次々と作品を発表、それが三島由紀夫に激賞されて……という経緯が、今も神話のごとく語り継がれている。当時の建の短歌は、塚本邦雄を彷彿(ほうふつ)とさせるきらびやかな語彙(ごい)を多用しながらも、やはりどこか少年らしい、青春の匂いを湛(たた)えている。

 建より一年年長で、名古屋の実家同士が「バス停で一つ」分の近さという著者は、歌壇に登場してまもない建と知り合い、同人誌『旗手』に招き入れる。以降「親友」として建の姿を間近で見つめ続けることになった。本書はその四十数年分の貴重な証言である。

 歌壇の寵児(ちょうじ)として大人たちに囲まれる建の姿を同年配の親友の視点で描き出す筆致は、建の「少年」としての一面を鮮やかに浮かび上がらせる。たとえば、二人で木曽川を泳いで渡った思い出を紹介したのち、この経験を詠んだのが歌集『青葦』収録の「あひ呼びて泳げりわれら大洋に五衰のまへの青き四肢もて」だと語られる。すると、歌集を読んで知っていた建の作品世界が、著者の見た建の姿に接続される。「神話」のイメージで建の作品に触れてきた読者には驚きの連続だ。

 長年ルポライターとして活動した著者は、建だけでなく、父親で歌人の春日井〓(こう)のひょうきんな人柄など、周囲の人々をも活写する。ついでにいえば、同人誌の発行に始まり、戦後「一大無法地帯」が広がった名古屋の駅西地区への潜入、建とともに勤めた大学内の人間関係の苦労など、著者自身の歩みも(ときに誇らしげに)語られ、それぞれの時代の出版事情から社会一般の様相までもが浮き彫りになる。これが建の歩みと重なることで、名古屋が今に続く短歌のホットスポットに成長した過程も見えてくるようだ。

 終盤では独自資料も用いながら、著者と出会う以前の建の心を求める旅が始まる。この部分が「私説」なのだろうが、そうやって建の死後二十年近くを経て今もなお続く「親友」の関係が私にはまぶしかった。

(短歌研究社・2200円)

1937年生まれ。ルポライター、名古屋学芸大短期大学部名誉教授。

◆もう1冊

水原紫苑(しおん)著『春日井建』(笠間書院)。建に師事した著者が、短歌50首を読み解く。

※ 〓は、さんずいに廣

中日新聞 東京新聞
2022年2月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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