2500人を看取ったホスピスケア医が到達した「老いを育む」姿勢――大切なのは「挑戦」「楽観性」そして「ユーモア」

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老いを育む

『老いを育む』

著者
柏木哲夫 [編]
出版社
三輪書店
ISBN
978-4895907446
発売日
2021/12/23
価格
1,320円(税込)

書籍情報:openBD

2500人を看取ったホスピスケア医が到達した「老いを育む」姿勢――大切なのは「挑戦」「楽観性」そして「ユーモア」

[レビュアー] 仲野徹(生命科学者・大阪大教授)

 残念ながら一度しかお目にかかったことがないのだけれど、柏木哲夫先生は大阪大学医学部の大先輩である。いうまでもなくホスピスのパイオニアで、母校の人間科学部教授として「老いと死」を教えておられたこともある。その柏木先生が老いについての本を書かれた。
 タイトルにあるように、老いは「育む」のがいいのではないかという考えが本全体にいきわたっている。「育む」=「大事に育てる」というニュアンスだという。物事の捉え方が人生に大きな影響を与えると説き続けておられる柏木先生らしいお考えだ。
 82歳になられる柏木先生だが、ご自分で若く見られると書いておられるだけあって、ぶら下がり健康法(あの道具、いまでも使ってはるんや!)やアレイを高々と掲げたスクワットのお写真がとても若々しい。からだをより強くするために鍛えるのではなくて、老化しにくくするために育む。なるほど、まずは(できるだけ)健康なからだが必要だ。
 からだについての話の次はご専門である精神科的な話で、老いのこころや、認知症と老人性うつ病等についてのトピックスへと進んでいく。「うつを波と捉える」というのは、90歳近いわが家の母親をみていれば大いに納得である。ここでも物事の捉え方が大事で、何事もできるだけプラスに考えればよいらしい。「くよくよ考えないこと」、「楽しみをもつこと」等から成る柏木流「認知症予防のための10カ条」は覚えておいて絶対に損はない。
 そして、老いをどう生きるか、どう死んでいくかへと話は進む。どう死ぬかなんて縁起でもない、などと考えるなかれ。死はすべての人に100%の確率で生じる出来事なのだ。それに対する備えをしないなどというのはとんでもないというのが柏木先生のお考えである。御意でござる。
 一般の方を対象に「がん」についてのお話をさせてもらうことがある。そのときに、がんと診断されたときにどうするかを前もって考えておくべきだとお勧めする。いざとなってから考えると、変に楽観的に考えたり、逆に悲観的になる可能性があるので、そうなる前に備えておきましょうという意図だ。この話をすると、そんなことをしたら縁起が悪いという意見をちょうだいすることがある。しかし、考えてみてほしい。がんについて思いを巡らせたところで、からだの中にがん細胞が発生したり、増えやすくなったりすることは絶対にありえない。死についても同じことである。
 「人間は死を背負って生きている」
 「人は生きてきたように死んでいく」
 ホスピスで2、500人ものがん患者さんを看取られた柏木先生がおっしゃると、単なる言葉以上の重みが感じられる。この2つを頭に入れて「老いを育む」という姿勢が重要なのである。では、どうすればいいのか。ざっくりまとめると、「挑戦」、「楽観性」、そして「ユーモア」ということになりそうだ。言うに易く行うに難いかもしれないが、ちょっと心がけるだけでも効果があるにちがいない。
 老いを育むためのからだや心についての話に加えて、社会的側面と「たましい」の側面についての対談が収録されている。それぞれ、著書『がんばらない』(集英社文庫)がベストセラーになった諏訪中央病院名誉院長の鎌田實先生と浄土真宗本願寺派如来寺住職で宗教学者でもある釈徹宗先生がお相手だ。
 鎌田先生も柏木先生と同じく、老いをマイナスのイメージに考えすぎないことが大事とおっしゃっている。そして、「孤立せずに、孤独を恐れるな」との提言も。一方の釈先生はお寺の裏で運営しておられる認知症の方のグループホーム「むつみ庵」での経験から、やはりユーモアの重要性を強調しておられる。どちらも、すごく前向きで楽しい、そして、ためになる対談になっている。
 じつにバランスのとれたこの本、どういう観点から捉えたら「老い」に関して新しい話題を提供できるかに挑戦してみたくなったという柏木先生の目的は十二分に達成されている。

作業療法ジャーナル
第56巻3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

三輪書店

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