『三千円の使いかた』著者・原田ひ香の新刊は、古本と食の街・神保町が舞台の優しい物語

対談・鼎談

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古本食堂

『古本食堂』

著者
原田 ひ香 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414166
発売日
2022/03/15
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

原田ひ香の世界

[文] 北上次郎(文芸評論家)

 『三千円の使いかた』が現在大きな注目を集める原田ひ香さん。新たに選んだモチーフは「古本と食」だ。タイトルはずばり、『古本食堂』。
 神保町を舞台にした優しく温かなこの物語について、そして本への想いを、評論家・北上次郎さんとともに語っていただいた。


原田ひ香

初めて対談する二人が語る『神保町』

──北上さんは原田さんの作品の書評を度々書かれていますが、お二人の対談は初めてだそうですね。

原田ひ香(以下、原田) お会いできて嬉しいです。いつも有難いなと思いながら、書評を読ませていただいています。初めて北上さんに書いていただいたのは『母親ウエスタン』でしたが、あれがなければ、作家を続けていたかなと思うくらい励みとなり、また支えになりました。

北上次郎(以下、北上) ご本人を前にして言うのもなんですが、あれはヘンな本ですよね。「ヘンな」というのは私の場合、褒め言葉なんですけど。まずタイトルがヘンじゃん(笑)。ご自分でつけられたんですか?

原田 ええ。割と最初の段階から頭の中にありましたね。女版寅さんではないですが、各地を転々としていて、でも恋愛ではなく、母性で動くというものにしたかったんです。

北上 流れ歩くんだから、ウエスタンと言えばウエスタンだけど(笑)。完全に一歩引いたところから見ているから、なんだこれはと。私はこういうヘンな小説が大好きだからすっかりファンになってしまったんですが、今回の対談の相手には相応しくないような気がするんですよ。というのは、『古本食堂』は神保町が舞台だけれど、実は、あまり神保町を知らないんです。

原田 「本の雑誌」のイメージが強いので、神保町にもお詳しいのかと思っていました。

北上 事務所は元々新宿近くにあって、私が辞めた後に神保町に移ったんです。大学が明治だったので学生時代は神保町に毎日行っていましたけど、それも五十年前だから。

原田 私は神保町の近くに住んでいたことがあるんです。五年ほど前の短い間でしたけど。ちょうどその頃、神保町を舞台に何か書きませんかとお話をいただいて、ようやく一冊にまとめることができました。

北上 この本には古本がたくさん出て来るけど、お好きなんですか。

原田 そうですね。特に学生時代は専攻していた中古文学に関する専門書を探しに神保町にもよく行きました。

北上 私は古本を探す時は早稲田に行っちゃうんですよ。神保町の古書店といえば、やっぱり学生時代になってしまう。福永武彦さんの『ゴーギャンの世界』が欲しくて何度も足を運びました。三茶書房だったかな。

「食は神保町にあり」 料理に関する二人の想い

──本作はそんな古書とともに、美味しそうな料理もたくさん出てきますね。

原田 ただ料理を出すだけでなく、一工夫したいと思って。それでテイクアウトの料理はどうだろうかと。古本屋さんに持ち帰って食べるようにして、だんだんとそこが食堂のようになっていくというイメージでした。書き始めたのはコロナ前だったので、まさかこんなことになるとは思っていませんでしたけど。

北上 焼きそばとかあつあつのカレーパンとか。美味しそうですね。

原田 実は今回取り上げているのは実在のお店や料理なんですよ。

北上 そうなんですか。神保町を知らないと言いましたけど、私、ここに出てくるボンディのカレーも食べたことがない(笑)。ちょっと脱線しちゃうけど、原田さんの『ランチ酒』に「ウニクレソン」が出てくるでしょ。料理に凝った時があって、テレビの料理番組で知ってからよく作ってたんですが、好きなウニクレソンが活字になった小説は初めてだったので感動しました(笑)。

原田 料理されるんですね。

北上 二十年以上前の話です。会社に泊まり込んで仕事をしていたころに、毎日出前では飽きてくるんで作り出したんです。料理生活というよりも自炊生活ですね。「ウニクレソン」はその頃の忘れられない一品です。そのころ料理本をせっせと買っていました。自分にも作れそうなやつを探すんです。

原田 この本に小林カツ代さんの『お弁当づくり ハッと驚く秘訣集』が出てきますが、これも面白い本ですよ。

北上 料理本なのに写真がないというやつですね。

原田 昔は文章だけだったみたいですね。カツ代さんは文章もお上手なので読んでいて楽しいです。これをきっかけに興味を持ってくださる方がいたら嬉しいなと思っています。実は角川春樹事務所さんで再版することになったんです(ハルキ文庫で四月半ば刊行予定)。

北上 それは素晴らしいですね。ここには各話一冊、全部で六冊の古本が出てきますけど、私が食いついたのは第五話の鹿島茂さんの『馬車が買いたい!』です。新刊の時に本屋で見ていて、迷ったあげく買わなかったんですよ。だけど、『古本食堂』を読んで慌てて買いました。この当時のパリがゴミ溜めみたいな街だということは知っていたんですが、ドレス姿の女性は歩きづらいから、青年たちはエスコートするために馬車がなければだめだったとか、御者も雇わなければいけないとか、そんな面白いことが書いてあるのかと。

原田ひ香さんがセレクションした古本の魅力とは

──ほかにも『お伽草子』が出てきたり、古書はバラエティに富んでいますが、どのように選ばれたのですか?

原田 普通の本屋さんでは売っていない、絶版になってしまったとか、面白いのに知られていないという本を出したかったんですね。その上で、中のお話とリンクするようにして。『お伽草子』は、私が中古文学を学んできたことも関係してますね。小説家の皆さんがどんな本を読んできたかというインタビューサイトを見たのですが、若い作家さんだと外国文学を読まれている方が多いようなんです。古典も面白いよという気持ちがあるので、主人公の一人、美希喜を国文学専攻の学生という設定にして、古典との繋がりを持たせました。

北上 その女子大生が偏食について調べるでしょ。この「偏食文学」という切り口はすごく面白かったです。小説の中に偏食が出てくるかどうかなんて、考えたことがないですよ。

原田 これは私の実体験で、大学生の時にレポートで書いているんです。

北上 そうなんですか? 凄いところに目を付けましたね。

原田 昔の小説には子供の偏食について書いたものってあまりないんです。美希喜も苦労していますが、当時も探すのが大変でしたね。

──作中には現代の書籍もさまざまなタイトルが登場し、原田さんの読書遍歴も垣間見えるようです。小学生でパール・バックの『大地』も読まれたとか。

原田 それしか読むものがなかったんです(笑)。親が理系だったからか、家にあまり小説というものがなくて。でも、なぜか『大地』の全巻だけがあって。

北上 小学生で読んだんですか? 私は、中学を卒業するまで一冊も読んでいません。

原田 ええー? それはまたまた意外な……。

北上 野球少年だったから。本を読む暇があるなら野球をやっていたかったんです。でね、ある野球大会に参加した帰り路、仲間の一人が小説の話をし出したんですよ。クラスメイトだったら耳を貸さなかったと思うけど、チームメイトが嘘を言うわけがないと興味を持って。それが、松本清張の『点と線』。中学三年生の終わりでした。初めて読んだ本がエンターテインメントなわけですが、小説って面白いじゃないかと思いました。

原田 私は中学生くらいまでは太宰治や夏目漱石といった「国語便覧」に出てくるようなものばかりでしたが、高校生の時に村上春樹さんを知って。自分と同じ時代の人が書いている小説には触れていなかったので、すごくビックリしましたね。それから純文学も含めて現代のものなどいろいろ読むようになりました。

北上 話は変わるけど、すばる文学賞を受賞されてますね。つまり、エンタメは書くつもりはなかったということなんですか?

原田 いえ、そういうわけではありません。村上春樹さんや村上龍さんに影響を受けましたから、純文学系の賞に応募するのが普通なのかなというぐらいの気持ちで。私の中でも迷いという以前に、あまり明確にはなっていなかったと思います。

今までの書店モノとは違う、『古本食堂』の魅力

──では、改めて伺いますが、この『古本食堂』はいかがだったでしょうか。

北上 いろいろ話した後で言いにくいのですが、実は書店とか図書館とか本がテーマとなる小説は苦手なんです。作り手の意図というか目線をどこかで感じてしまうんですね、こういうの、あなたたち好きでしょう? みたいな。

原田 わかります。本には力がありますから、頼ってしまうというか、乗っかってしまうようなところもありますよね。

北上 でもこの本は違いました。食べ物が入っているので、それが中和されるんですよ。本に乗っかってない。

原田 私もそこは気を付けていました。

北上 読書って無目的でいいと思っているんです。何か読みたいなと思って、たまたま入った本屋で面白そうだなと手に取る。それが楽しいんです。若い時ですが、一つの書店に六時間いたことがあります。小説から専門書までただ見ているだけだったけど、本のそばにいることが何より楽しかった。そういう本の持っている空気、楽しさがこの本にもあるように思います。

原田 ありがとうございます。

北上 これも若い時の話ですが、春日井建の『未青年』という歌集がどうしても欲しかったんだけど、高くて手が出なかったんです。で、その二十年後くらいに早稲田の古本屋で見つけて買いましたが、あの頃感じていた嬉しさとかドキドキが残念ながらもうないんですよ。

原田 人間関係もそうですよね。感情も含めて、一つの思いが永遠に続くということはないんだとつくづく実感しています。

北上 それでも、本の向こう側にある歴史というのかな。二十三歳の時に読んだとすれば、そこには二十三歳の自分がいる。欲しかった時の自分がいるわけじゃないですか。そうした記憶や光景を呼び起こすことができるのも、本の素晴らしさだと思います。

原田 この本がそうしたことを思い出すきっかけになれば本当に嬉しいですね。

北上 私も、この対談を通して、本にまつわるあれこれを思い出すことができました。

構成:石井美由貴 協力:角川春樹事務所

Book Bang編集部
2022年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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