『オイディプス王・アンティゴネ』
書籍情報:openBD
王の命令に背き兄の亡骸を弔おうとする妹
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「墓」です
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ソポクレスの「アンティゴネ」は、古今の世界文学に大きなインスピレーションを与えてきたギリシア悲劇の名作だ。福田恆存の切れ味のいい訳文でご一読あれ。紀元前五世紀の作品が鮮烈に迫ってきて驚くこと請け合いである。
ドラマの中心をなすのが「墓」の問題だ。テバイ王クレオンは、祖国を裏切った甥ポリュネイケスを許さず、戦死した彼の死体の埋葬を固く禁ずるお触れを出す。裏切ったと言っても、そこには無理からぬ背景もあったのだが。
アンティゴネはポリュネイケスの妹。兄の屍が野晒しにされる惨たらしさに耐えられない。このままでは亡骸は鳥獣の餌食となる。そこで禁を破り遺体を埋めてしまう。王は激怒するが、無茶な禁令は「神々の不滅の掟」にそぐわないとしてアンティゴネは一歩も引かず、処刑も恐れない。
生前の経緯はともあれ、死者は何としても弔いたい。その一途な気持ちが現代人の胸にもストレートに伝わってくる。それに対して、周囲の諫言に耳を貸さない王の姿もまた、残念ながら古びていない。王の息子ハイモンはアンティゴネと恋仲。何とか父王クレオンの乱心を宥めようとして「一人の人間のものでしかないのなら、それは国とは言えません」と道理を説く。ところがクレオンは「国とはすべて一人の支配者に属するもの」と言い放つ。
そんなクレオンの傲岸さは幾多の国の元首たちによって、現代に至るまで脈々と受け継がれているようだ。