孤立させない「つながる」支援へ

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

孤立させない「つながる」支援へ

[レビュアー] 菊池馨実(早稲田大学法学学術院教授)

新型コロナと相談支援

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大は、人びとの生活に多大な影響を及ぼした。最近頻繁に起こっている自然災害も、地域的に甚大な被害をもたらしているものの、ほぼ全国民の生活に制約をもたらしている今回の事態は、被害範囲の広さや死者・患者の多さに加えて、経済に与えたダメージなどの点で、戦後最大規模の苦境をもたらしているといってよいだろう。

 こうした中でも、経済的・社会的な弱者とされる人びとへの影響が大きい。ただし、最後のセーフティネットといわれる生活保護制度の受給者は、それほど増えていない。このことは、コロナ対策として講じられた持続化給付金などの事業者支援、雇用調整助成金を活用した失業・休業者対策に加えて、リーマン・ショック後に整備された諸制度(いわゆる第2のセーフティネット)が功を奏した面がある。

 なかでも大きな役割を果たしているのが、生活困窮者自立支援制度に基づく住居確保給付金であり、生活福祉資金貸付制度の特例としての総合支援資金と緊急小口資金という2つの個人向け貸付制度である。これらが、経済的困窮に対する直接的な支援策として機能したことは疑いを入れない。

 同じくリーマン・ショック後に整備された仕組みとして、生活困窮者自立支援制度に基づき各自治体に設けられた自立相談支援機関の役割を見逃すべきでない。自立相談支援事業の新規相談受付件数は、令和元年度248398件から、令和2年度786195件へと約3.2倍増加した。他方、令和2年社会福祉法改正(地域共生社会の実現のための社会福祉法等の一部を改正する法律)により、重層的支援体制整備事業が法定化され、「断らない相談支援」「参加支援」「地域づくりに向けた支援」という3つの支援を、行政のタテ割りを排して一体的に実施する体制が、令和3年度から実施されるに至った。このように、生活困窮者自立支援法の制定・改正と社会福祉法の改正を通じて、従来型の「給付」とは異なる「相談支援」を軸とし、「地域共生社会」の理念の実現を目的とする社会保障制度改革が進められている。

本書の意図と構成

 本書は、長きにわたってホームレス支援の先頭に立ってきた奥田知志氏と、地域福祉の代表的研究者である原田正樹氏が中心となって、「伴走型支援」をめぐって編まれた一冊である。奥田氏は、2013年生活困窮者自立支援法の制定に結びついた「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」以来の政府委員であり、原田氏も、2017年社会福祉法改正に結びついた「地域力強化検討会(地域における住民主体の課題解決力強化・相談支援体制の在り方に関する検討会)」の座長を務めるなど、政策立案にも影響力をもってきた。その二人が、「『伴走型支援』については、学術的にも定まった概念や方法論が確立されて」いない中にあって、「『伴走型支援』という言葉だけが独り歩きし、矮小化されてはいけない」、「政府としても深刻化する社会的な孤独・孤立の対策が進められようとしてい」る中で、「『伴走型支援』という本質や意義を問い、社会への問題提起として発信する必要がある」という編集意図の下で、本書を編纂したことの意義は大きい(括弧書きは、本書「はじめに」による)。

 「伴走型支援」の全体像を描くとの目的の下、本書は3部11章構成となっている。以下、各章のタイトルを挙げておく。

 第I部「伴走型支援を考える」では、基本的な概念と社会的背景について論じ、第1章「伴走型支援の理念と価値」(奥田知志)、第2章「なぜ伴走型支援が求められているのか」(稲月正)、第3章「単身化する社会と社会的孤立に対する伴走型支援」(藤森克彦)の3つの章からなる。

 第II部「人と地域に伴走する支援」では、現場の実践家により展開されている「伴走型支援」の現実、課題、必要性について論じ、第4章「伴走型支援と地域づくり――住民とともにつくる伴走型支援」(勝部麗子)、第5章「アウトリーチと伴走型支援」(谷口仁史)、第6章「越境する伴走型支援」(大原裕介)、第7章「日本における伴走型支援の展開」(原田正樹)の4つの章からなる。

 第III部「新しい社会を構想する」では、「伴走型支援」の有する価値や可能性、これからの支援のあり方、社会のあり方を論じ、第8章「伴走型支援と当事者研究」(向谷地生良)、第9章「伴走型支援は本当に有効か」(野澤和弘)、第10章「伴走型支援がつくる未来」(村木厚子)、終章「あらためて伴走型支援とは何か――物語の支援」(奥田知志)の4つの章からなる。

 各章は、各分野で活躍している第一線の執筆陣の手になるものであり、それぞれに読まれるべき内容と質を有している。ただし、読み手の立場や関心によって、焦点があてられる章は異なるだろう。研究者である評者にとっては、これまでもご教示を賜ってきた現役の実践者の文章が、説得力をもって胸に迫る。第II部がこれにあたる。勝部氏には地域づくりの現場である豊中で、大原氏には北海道・当別の活動拠点で、現場の雰囲気を感じながらお話を伺った。彼らの紡ぎだす言葉は、現場での実践に深く根差した真実であると、確信をもって断言できる。まだお会いしたことがないけれども、谷口氏の文章も、圧倒的な迫力で読ませる説得的なものであった。是非、佐賀を訪問してお話を伺ってみたい。

 第1章と終章を奥田氏が担当している一方で、一見目立たないけれども、第II部の最後(本書の中間部でもある)に原田氏の章がおかれている点が、いわば本書の「扇の要」のように効いている。研究者として客観的視点から、伴走型支援の歴史的経緯、ソーシャルワークとの関連、三層にわたる関係構造のフェーズ((1)本人と支援者の関係形成「つながる」、(2)本人・支援者と他の人たちとの関係「つなげる」、(3)本人を中心とした重層的な関係づくり「つなぎなおす」)についての叙述は、福祉実践と社会福祉学を架橋し、他分野から社会福祉にアプローチしようとする人達への導きの糸となろう。

伴走型支援の理念

 評者は、編者である奥田氏に、本来の活動拠点である北九州や、東日本大震災支援の拠点のひとつである石巻などでの視察を含め、現場での学びの機会を幾度となく頂戴してきた。第1章と終章では、奥田氏が提唱し、実践してきた伴走型支援とは何かについて、現場での経験談を踏まえ、語られている。

 ハウスとホームは異なる。これが伴走型支援の基本的視点である(9頁)。「経済的困窮」は「ハウスレス」、「社会的孤立」は「ホームレス」。野宿者の数は減少している一方、社会的孤立者としてのホームレスは増えている。格差や貧困が常態化し、同時に社会的孤立が拡がったという見立ては、奥田氏のみならず、大方の関係者の共通認識といってよい。

 そうした社会の必然の中で、「つながること」の大切さが浮かび上がる。そのために必要とされるのが「伴走型支援」である。これはいわゆる「問題解決型支援」とは区別される。路上では「畳の上で死にたい」と言っていた方がアパートに入居し、就職も決まった段階で、ある種の「問題解決」ではあっても、部屋の中にポツンと独りたたずむ姿は、路上のあの日と何も変わらない(8頁)。奥田氏が述べるこうした情景は、寸分の付け入る隙も与えないほど完璧に、伴走型支援の本質を語っている。

 奥田氏によれば、「問題解決型支援」と「伴走型支援」は支援の両輪であり、一体的に行使されるべきものである。そこで重要なのは、「本人主体の尊重」である。いずれの「支援」も、そのめざすところは「自立」のみならず「自律」にある。「自律」とは、その個人が自ら人生を選び取り、自分の物語を生きることができることである。「本人の主体的決断による自律を応援する環境整備」が支援の両輪であり、社会保障制度の目的である。だからこそ、「つながり」を重視する伴走型支援は、「教え」「指導する」のではなく対話的に実施されることが重要なのだ(12頁)。

 奥田氏は終章でも、解決型であっても、伴走型であっても目的は「個人の自律(autonomy)」であると述べている。困窮者支援においては「自立(independence)」が重視されるが、これは「最低限度の生活」(憲法25条)を整えることで、これこそが国家の存在意義である。しかし、生活の基盤が整うだけでは、本当の意味で「その人がその人として生きる」ことにはならない。「自律」とは、自分の状態を認識し、存在意義や使命(ミッション)を知り、「私の物語を生きること」だ。そして、この「私の物語」の創造において欠かせないのが「他者とのつながり」であると(188頁)。

 評者はかねてから、社会保障の目的を、個人の自律の支援、すなわち個人が自らの生を主体的に追求できること、それ自体に価値があり、そのための条件整備を図ることにあると捉え、憲法13条に規範的根拠をおく議論を展開してきた。奥田氏は、この考えに共感してくださっていると思う。そうした共感が、氏の長年にわたる実践に裏打ちされたものであるとすれば、心強いことこの上ない。さらに、氏の紡ぐ言葉は、「奥田理論」でありながら、自ら十分に把握し切れず語り尽くせずにいた評者自身の理論の「余白」への、貴重な「書き込み」でもあると感じている。

 この本は、支援現場に根差した伴走型支援の第一線の取り組みを記すとともに、その理論的な整理を行った金字塔である。次のステップは、いわゆる「好事例」の紹介を超えて、多くの地域で一定の質を伴った伴走型支援を行っていくための仕組みづくり(専門職性の向上、地域のプラットフォーム構築のための知見、その定着のための研修プログラムなど)に向かうと思われる。これらは評者の研究課題でもあるが、引き続き編者らの取り組みに期待したい。

有斐閣 書斎の窓
2022年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク