理論と実務の融合、学問を楽問する

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サービス・マーケティング

『サービス・マーケティング』

著者
黒岩 健一郎 [著]/浦野 寛子 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784641150874
発売日
2021/10/06
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

理論と実務の融合、学問を楽問する

[レビュアー] 浦野寛子(立正大学経営学部教授)

サービス社会の到来

 最近の読者の皆様の行動を思い出して頂きたい。ウィズコロナで行動が多少制限されているとはいえ、電車やバスに乗ったり、ファストフードやレストランに行ったり、ネットショッピングをしたり、散髪に行った方もいるだろう。筆者は、大学で授業を行っているが、現地調査の必要性があり、久方ぶりの出張でビジネスホテルを利用した。着慣れぬスーツを汚してしまいクリーニングに出した。運動不足を感じてプールに行ったりもした。子供にせがまれ、子供向けの職業体験型テーマパークに行った。いくら使うか検討がつかなかったため、念のため銀行でお金をおろしていった。子供ははしゃぎすぎて風邪をひき、その後、小児科の病院へ連れて行った。

 このように、運輸、飲食、理美容、教育、旅行、宿泊、娯楽、エンターテインメント、金融、医療など、私たちは、日々サービスに取り囲まれ、サービスを利用している。

 経済社会が高度化、成熟化すると、第三次産業の分野が拡大することは、「ペティ=クラークの法則」としても知られている。日本においても第三次産業の分野は拡大してきた。就業者で見ると、第三次産業は、1920年に約24%であったものが一貫して増加を続け、70年代には50%を超え、2015年には70%超となっている。現在、国内総生産(GDP)もサービスの割合が約70%を占めている。

 このようなサービス経済化の進展に伴い、マーケティングの研究対象は、「モノ」だけでなく、「サービス」にまで分析範囲を拡張させてきた。当初、サービスの重要性は極めて控えめに扱われ議論されてきたが、現在では、ひとつの個別的領域としての地位を確保するまでになっている。

「モノ」と「サービス」

 では、モノとサービスは、いかなる点が異なるのか。モノとサービスとの違いについては、さまざまな整理がなされているが、代表的なサービスの基本特性としては、「無形性」「同時性」「変動性」「消滅性」の4つがある。

 まず、1点目の「無形性」である。サービスそのものには物理的なカタチがなく、サービスは行為・活動である。そのため、「モノ」と同じように、実物を見たり、触ったり、手に取ってみることはできない。「モノ」とは異なり、消費者は、購入前にサービスを実体として認識・確認することはできない。よって、サービス提供者側は、「サービスを可視化」し、本来見えないサービスの品質を目に見える形にする取り組みが必要となってくる。消費者は曖昧なものに対して不安を抱きやすい。「このサービスはどのようなものだろう?」と思わせてしまっては、購買に至りにくい。実体がある「モノ」とは異なり、実体がないため躊躇してしまうのである。そのため、「無形性」という特性をもつ「サービス」に関しては、可能な限り、サービスを可視化し、消費者の不安を解消することが必要となる。

 次に、「同時性」である。「モノ」は最初に生産され、その後に消費されるが、多くの対人「サービス」は生産と消費が同時に起きる。例えば、美容サービスは、美容師と顧客が揃ってはじめてカットサービスの消費がなされるのである。このように、「同時性」とは、生産と消費が同時になされ、切り離せないという性質である。サービスの生産中に消費者がいるということは、見方を変えると、消費者はサービスの共同生産者と捉えることもできる。消費者は共同生産者として生産プロセスに参加することもある。同時性とは、サービスの生産プロセス中に消費者が頻繁に相互にやり取りし、サービスを提供する側とされる側、双方に影響を与える可能性がある。このため、サービスは提供者と享受者の相互関係が重要になる。互いに信頼することで、スムーズに品質の高いサービスの受け渡しが可能となる。したがって、企業の側からすると、消費者の信頼を得ることができるように、消費者への印象を良くするように努める必要がある。

 3つ目は、「変動性」である。サービスの「変動性」とは、主にサービスの生産側・消費側の人的要因により、提供されるサービスがいつでも同一のものになるとは限らないことをいう。例えば、大学の授業も、その日の教師と学生のあり方によって、内容も雰囲気も変わる。「サービス」は、同一のものを継続的に提供することは難しい。変動性をなるべくおさえたいと考える企業にとっては、「サービスの変動性をなるべく排除し、標準化し反復に耐えることを目的とした品質管理をどのようになすべきか」といった問題に取り組む必要がある。こうした問題に関しては、「サービス提供のマニュアル化」や「サービス提供の機械化・IT化」で人的要素によって変動する部分をなるべく排除する取り組みが有効である。しかし一方で、サービスの変動が元々期待されている場合もある。例えば、アーティストのライブやスポーツの試合は、毎回同一の標準化内容が期待されているわけではない。「モノ」では、アウトプットの変動は一般に望まれないが、サービスではむしろ変動こそが価値を生み出していることもある。このように、変動性をむしろ歓迎すべきものとして捉える企業にとっては、「どのようにして望ましい変動を継続的に生み出すか」が問題となり、それに対応した変動性を生起・促進するような品質管理が求められる。

 最後に、「消滅性」である。サービスは、生産と消費を同時に行うため、物理的な意味での在庫が持てない。この性質をサービスの消滅性という。「モノ」はあらかじめ生産し備蓄できるし、今日売れ残っても明日売れるかもしれない。しかし、サービスは時間的・場所的な制約があり、前もって生産しておくことはできないし、次の機会までとっておくということができない。例えば、飛行機の空席は翌日に持ち越すことはできない。席は、その日、その時限りのものである。離陸してしまった飛行機の空席は、顧客不在の状態であって、顧客がいれば提供できたはずのサービスと、得られたはずの収益は永遠に失われてしまったことを意味する。ゆえに、企業としては、機会損失を減らすためにも、サービスの需給を調整する必要が生じる。

理論と実務の融合、学問は楽問

 ここまで、サービスにはモノとは異なる特性があることを示してきたが、読者の皆様にも、「なぜ、個別領域としてサービスに焦点をあて、理解を促進する必要があるのか」ということを多少理解して頂けたかもしれない。

 こうしたサービスの特性を鑑みて、サービスを提供する企業としては、いかなる対応が必要となるのだろうか、そうした観点から執筆したのが、本書「サービス・マーケティング」の教科書である。サービス・マーケティングは、モノとは異なる特性をもつサービスをどのようにつくりあげ、消費者に届け、満足してもらい、リピーターになって頂くか、サービスの生産・販売の仕組みをいかに構築していくか、といった課題を扱う学問である。サービス・マーケティングに関する教科書は、これまでにもあったが、翻訳本で日本企業の事例がなかったり、大学生には少々難解すぎるという問題が見受けられた。そこで、先行文献と差別化するため、より読者に興味関心を抱いてもらうため、執筆にあたって、共著者の青山学院大学の黒岩健一郎先生と工夫した点が2点ある。

 1点目は、理論と実務を融合しようとした点である。本書のサブタイトルは「コンサル会社のプロジェクト・ファイルから学ぶ」とある。本書では、マーケティング・コンサルティング会社に勤務する朝垣結衣と越野源という架空の人物がサービス・マーケティングに関するさまざまなプロジェクト(架空のコンサル案件)に立ち向かい、課題解決策を探っていくという設定で全13章を貫いている。その際、各章では、それぞれ異なる課題が設定され、コンサルタントがクライアントに提案するために、サービスに関するさまざまな理論と、関連する実際の事例を取り上げ、説明を加えていく。つまり、プロジェクトに解決策を示すにあたって、「理論+事例」という組み合わせをとることにより、理論と実務の両視点からアプローチしていくのである。ここにおいて、研究者が紡ぎ出した理論と、実務家の実践経験が融合し、読者を深い理解へといざなうように仕掛けている。

 2点目は、読者にアクティブに「学問」を「楽問」してもらうように“遊び心”を加えている点である。先に、本書では、主人公としてコンサルティング会社に勤務する朝垣結衣と越野源という架空の人物を登場させていることを述べた。本書の読者は、この二人に感情移入して、登場人物の立場になって、プロジェクトの課題解決策を模索することができる。大学では、レクチャーメソッド(いわゆる講義)で、教師から受講者へ知識を伝授していく教授法がとられることが多いが、受講者は与えられた知識を理解し記憶することにとどまってしまうことも多い。そうした点をふまえて本書では、読者に当事者意識を持ってもらい、登場人物の立場で、その状況に身を置き、悩んでもらえるよう、小説的ストーリー要素を取り入れ、読者を引き込むように工夫した。

 このように、本書は、「ストーリー+理論+事例」で楽しく網羅的に学び、サービスはどうあるべきか能動的に問うことができる内容構成となっている。

 最後に、私事で恐縮だが、自分自身の話を少しさせて頂きたい。私は大学教員になる前、サービス企業で勤務していた。その時は、実務の現場から、判断軸としての理論の重要性を認識していた。未知の課題を前にした時、問題に直面した時に、その解決策を導いてくれる手助けとなったのは、普遍妥当性・法則性をもつ、理論であった。そして今は、大学教員になって理論を中心に教える中で、今度は実務家が自身の経験や感覚をいかして蓄積した実践的知識の重要性を認識している。実務家は今・ここにある眼前の個別具体的な事象に、直接に、切実に向かい合っている。ゆえに、そこから生み出される実践的知識は、敢えて形容するならば、活き活きとエネルギッシュな価値を持つものであると感じる。

 本書で多少なりとも、共に重要だと感じ、敬意を払っているサービスの理論と実務を融合させるような試みが出来たことを、大変嬉しく思う。サービスに関する課題を前にした時に、理論と実務を融合し、楽しく解決策を問うことができたら……、「理論と実務の融合」「学問を楽問する」という、かねてから自分が実現したかった思いを本書に込めている。

有斐閣 書斎の窓
2022年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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