ぽっぽーさんとホッホーさんがミクロ経済学を学んだようです

エッセイ

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ろけっとぽっぽー&ホッホー博士と学ぶミクロ経済学入門

『ろけっとぽっぽー&ホッホー博士と学ぶミクロ経済学入門』

著者
竹内 健蔵 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784641165908
発売日
2021/12/16
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ぽっぽーさんとホッホーさんがミクロ経済学を学んだようです

[レビュアー] 竹内健蔵(東京女子大学現代教養学部国際社会学科経済学専攻教授)

 私の父は銀行員だったが研究者肌の人だったので、人生の後半は大学教員として奉職し人生を終えた。そのため、私がものごころついたときから、父の本棚にはいつも「有斐閣」という名前が刻まれたさも難解そうに見える本がずらりと並んでいた。子供ごころに、「有斐閣という出版社はなんて難しそうな本を作っているんだろう。そもそも『斐』なんて漢字を他に見たことないし、なんて読み方なんだろう。」などと思っていた。今の職業に就いてから、まさかその私が有斐閣から単著、共著を含めて何冊か本を出すことになるとは当時はもちろん思いもしなかった。

 2014年の秋、そんな有斐閣に登場したのが公式キャラクターの「ろけっとぽっぽー」である。さらに、2017年になると社章の中で長年生活していた獅子と鷲が「シッシー」と「ワッシー」として社章を飛び出し、いわゆる「ゆるキャラ」デビューとなった。お堅いイメージの有斐閣がこうした路線に転じたことを、社会も衝撃をもって受け止めたらしい。ネット上のニュースでも、「どうした有斐閣? 由緒ある社章がゆるキャラ化(2018年2月8日withnews)」などと話題となっていたようである。私も子供時代にこのニュースに遭遇していたら、さぞ驚いたに違いない。

 このシッシーとワッシーの大活躍は、2017年4月に出版された青木人志先生による『判例の読み方――シッシー&ワッシーと学ぶ』が最初である。それで上記のネットニュースでも、このシッシーとワッシーの登場がクローズアップされたわけである。その一方、「ろけっとぽっぽー」は由緒正しき有斐閣の公式キャラクターである。ろけっとぽっぽー(以下「ぽっぽーさん」と表記)はシッシーとワッシーの登場前、2016年からの公式キャラだったが、それを押しのけてシッシーとワッシーの登場が大きな注目を集めるようになった。ぽっぽーさんは、このシッシーとワッシーの活躍がさぞうらやましかったに違いない。

 既に有名になったエピソードではあるが、ろけっとぽっぽーは、有斐閣の看板商品でもある『ポケット六法』を『ろけっとぽっぽー』と言い間違えたことがきっかけとなって誕生したキャラクターである。前述の青木先生の著書のように、法学の世界で圧倒的に名をはせている有斐閣の中で、私はこのぽっぽーさんを法学のみならず経済学の世界でも活躍させたいと思い、本書が出来上がった。シッシーとワッシーの既に確立した人気のなかで、その陰に隠れた(?)ぽっぽーさんにも是非活躍の場を与えたかった。もしそれが実現すれば、これまでうらやましがってばかりいたぽっぽーさんも八面六臂の大活躍ができ、きっとうれしいと思うに違いないと考えたのである。

 ただ、すでに法学以外の世界でもぽっぽーさんは登場していた。2019年3月に出版された八木信一・関耕平先生の『地域から考える環境と経済』(有斐閣ストゥディア)において、ぽっぽーさんのイラストが使用されている。しかし、そこではシッシーとワッシーのように縦横無尽に活躍するぽっぽーさんの姿はなく、いささか控え目で言葉少なであるように見える。そこで全面的活躍の場所を提供したのが本書ということになる。

 もっとも活躍と言っても、ぽっぽーさんと私だけの対談形式になってしまっては面白くない。そのため、ぽっぽーさんの他にも登場するキャラクターが必要となった。そこで目を付けたのがぽっぽーさんと共演することの多かったホッホー博士(以下「ホッホーさん」と表記)である。ホッホーさんは法律の世界では碩学で、その風貌からも学者然としている(背負っているリュックは別として)。だから、ホッホーさんをボケ役とするには抵抗がある。そこで自然とぽっぽーさんにボケ役を、ホッホーさんにツッコミ役をお願いすることになり、キャラクター作りを行った。本当は同じく「キョーちゃん」も登場させたかったのだけれども、どうしてもうまく本文に取り込めなかったのでお休みいただくことにした。取り残されてしまったキョーちゃんには申し訳ない。

 というわけで、本書はカッコよくいえば、ぽっぽーさんとホッホーさんと私との鼎談である。一貫して全編会話調で、あるときはぽっぽーさんとホッホーさんからの個別の質問やツッコミに私が答えたり、またあるときは私の問いかけに対してぽっぽーさんとホッホーさんが競い合い、掛け合いをしながら答えたりと、いろいろな会話の場面が展開される。ぽっぽーさんとホッホーさんが団結して私に挑んでくることもある。

 さて、本書の位置づけはミクロ経済学の入門書である。しかも「入門の入門」とでもいうべき、かなり大胆に内容を絞った理論のエッセンスだけのものとなっている。こうしたタイプの本によくあるタイトルに「サルでもわかる」というものがある。これになぞらえれば、本書は「トリ頭でもわかる」と名付けてもよかったが、こうするとさすがにぽっぽーさんとホッホーさんに失礼なので、それはやめにすることにした。

 このように大胆に内容を絞ったのにはワケがある。本書の帯には「ミクロ経済学の入門書で挫折した人、歓迎します!」と書かれている。ミクロ経済学の入門書で挫折した人は、ミクロ経済学理論のあまりの膨大さにくじけてしまったのかもしれない。そういう読者の方々に、エッセンス中のエッセンス、核心中の核心だけを示すことで、まずはその苦手意識を取り除いてもらいたいという気持ちがある。本書でミクロ経済学への抵抗感が少しでもなくなったら、次はより詳しい入門書に挑戦していただきたい。また、ミクロ経済学についてまったく白紙状態にある入学したての大学生や高校生、場合によっては中学生に至るまで(二次元のグラフさえ読めれば問題ない)、ミクロ経済学へ踏み出す最初の一歩として本書は適切であろうと思われる。

 通常のミクロ経済学の入門書では、本書のように単に需要曲線と供給曲線だけを取り上げて終わりにすることはあまりなく、消費者行動においては無差別曲線や限界代替率を取り上げることがあるし、生産者行動においては各費用曲線の導出と相互の位置関係(たとえば平均費用曲線の最低点で限界費用曲線が交点を持つなど)が取り上げられ、完全競争市場均衡の話の後に続いて独占・寡占市場の理論が取り上げられるのが普通である。

 しかし、本書ではこうした内容を一切削除して、需要曲線と供給曲線の導出のみに焦点を絞った。そのために限界効用曲線と限界費用曲線の概念は使用している。ただ、供給曲線を導出したいだけだったから、限界費用曲線がU字形になるという説明はしていない。市場均衡の理論についても、ワルラスの調整過程を紹介するだけで(本書では「ワルラスの調整過程」という言葉は用いていない)、均衡の不安定性には言及しておらず、正常利潤と超過利潤、そして長期均衡も説明していない。もちろん機会費用も同様である。独占・寡占の理論は一切削除している。

 このように、タイトルに「ミクロ経済学入門」と名付けることがはばかられるほど、多くの重要な概念や理論を削っている。その反面、消費者余剰、生産者余剰、社会的余剰については(あくまで相対的にではあるが)やや詳しく解説している。その理由は、本書の帯にもあるように、「市場競争って悪なの?」「市場経済が格差をもたらしたの?」というような問いに答えたかったからである。本書を理論のための理論を扱う単なる解説書にして終わらせることは私の意図ではなく、あくまで政策的な意味を持たせたかった。すなわち、どうして市場の自由化や規制緩和が進んだのか、ということに答を与え、さらに「市場競争は弱肉強食」といったような市井の通俗的誤解をできるだけわかりやすく解きたいという気持ちがあったのである。

 以上のような意図を実現するために、ほんのわずかではあるが外部効果の話や公共財の話にも言及しているし、入門書としてはふさわしくない「厚生経済学の基本定理」という言葉も使っている。本書を通じて、ミクロ経済学と現実世界との関連に関心を持ってもらい、市場メカニズムの果たす機能を誤解なく理解してもらう一方で、市場メカニズムは必ずしも万能ではなく、限界があることもまた知ってもらうことにより、ミクロ経済学をバランスよく理解してもらうことを狙っている。

 それと同時に、ミクロ経済学の初学者が持つ素朴な疑問、つまり「ミクロ経済学は机上の空論で役に立たないのではないか」という疑問にも重きを置いて答えるようにした。たとえば、「消費者は価格と限界効用を等しくするように購入量を決めると言うけれども、限界効用なんて考えてモノを買ったことはない」とホッホーさんに言わせているし、ぽっぽーさんには、S社のウマ君との会話を通じて、「完全競争市場はこの世には存在しない」と言わせて、これをきっかけに完全競争市場の理論を学ぶことの意味を解説している。

 前述のように、本書は限定的に理論を解説し、さらにそれらをできるだけ易しく書こうと心がけた。私は一介の応用経済学者に過ぎないから、ミクロ経済学の最先端の厳格な理論に精通しているわけではない。そのため、そうした厳密な理論に通じた方々の中には、本書のいい加減な説明に気分を害される方がおられるであろうことは想定に難くない。しかし、最初から重箱の隅をつつくよりは、おおまかでも全体像をつかみ、それで興味が湧けば徐々にミクロ経済学の深遠に触れていけばよいというのが私の基本的な経済学学習の考え方である。というわけで、ミクロ経済学に興味を持った読者が本書から先に進むための道案内として、入門書である拙著『ミクロ経済学って大体こんな感じです』を本書のなかで紹介している。実はこの拙著と本書は、当初ペアでほぼ同時期に出版することが想定されていた。

 振り返って本書を眺めてみると、文章とグラフが多く、パラパラをめくっていると目がチカチカするので、もっとイラストや空白の遊びの部分があってもよかったかな、と思っている。だが、これはコストとの相談になるので贅沢は言えないところである。他方で、絵心満点の有斐閣のスタッフに私が発案した難しいイラストを書いていただき、台詞の発言者もイラストで表して表情も台詞の内容によって変えていただいたので、これが本書の大きなアクセントとなっている。さらに重要語句は太字にするだけではなく、重要な定義などは独特の下線を引いて強調することにした。字体も教科書然とした冷たいフォントではなく、柔らかいものを使うなど工夫した。

 ぽっぽーさんとホッホーさんの知的好奇心は旺盛である。ぽっぽーさんとホッホーさんがこれからも研究休暇を取得して、さまざまな分野のさまざま書籍の中で活躍し、面白い学問案内をしてくれることを願っている。

*本稿は抜粋です。全文は有斐閣書籍編集第2部のnoteでお読みいただけます。

https://note.com/yuhikaku_nibu/n/nf84f271840ef

有斐閣 書斎の窓
2022年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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