はじめてでもまるごとわかる,重要政策と関係法令――『法から学ぶ文化政策』著者が語り合う

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法から学ぶ文化政策

『法から学ぶ文化政策』

著者
小林 真理 [著]/小島 立 [著]/土屋 正臣 [著]/中村 美帆 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784641126305
発売日
2021/12/01
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

はじめてでもまるごとわかる,重要政策と関係法令――『法から学ぶ文化政策』著者が語り合う

[文] 有斐閣

政策のよりよい運営には法の理解が欠かせません。これからの担い手が知るべき文化政策関連法の全体をわかりやすく案内する、画期的なテキストとして『法から学ぶ文化政策』が刊行されました。具体的な現場の動きから抽象的な理念や枠組みまで、図解とともに丁寧に見通す、文化政策にかかわるすべての人に役立つ一冊です。

著者の小林真理 (東京大学教授)・小島立 (九州大学教授)・土屋正臣 (城西大学准教授)・中村美帆 (静岡文化芸術大学准教授)の座談会をお届けします。

激動の法状況

小林 この書物をつくろうと思ったきっかけは、文化政策関連の法律改正が相次いで行われていることでした。

中村 法改正が続いていること自体、私が研究を志した2000年代の半ばと比べると、だいぶ状況が変わったと感じます。当時、文化政策と法というと「文化財保護法と著作権法、あと文化芸術振興基本法ができたけれど、ほかに何があるの」みたいな。その後、オリンピックはじめ社会的な動きを背景に、バタバタと法が増えていった。文化芸術振興基本法も、文化芸術基本法に改正された。その流れから、文化政策の動きと法は関係があると、誰の目から見てもはっきりしてきたのが、2010年代後半でした。

土屋 文化財保護法や文化芸術基本法も、大きく変わりつつあります。それぞれがバラバラに動いているわけではなく、常に連動しているのですけども、それを若い人に、あるいは文化政策とか文化財行政に関わる職員の方に伝えるために、適切なテキストがなかなかない。そういった法律関係の理解を促し、共有を深められればと考えていました。

小島 著作権法も毎年のように改正されていますが、2019年、いわゆるダウンロード違法化の規制範囲を拡大するときに、大きな政治的混乱にまで発展しました。そういうあり方を見ると、やはり多様なアクターが文化の領域にますます関わるようになっている。にもかかわらず、はたしてインクルーシブ(包摂的)な制度設計やルール形成ができているんだろうかと危機感を強く持っています。テキストでは、そういう視点をきちんとお伝えしたいと思いました。コロナ禍の文化芸術の苦境などからも、法改正がどこまで関係当事者に裨益しているのか、文化政策全体の中で考えていかないといけないと思っています。

小林 法改正や立法が進む意味を突き詰めていくのも大事です。文化・芸術に関する立法は、比較的、議員立法でなされてきた。それと別に、実質的な政府立法として法改正が行われていて、政治的な関与も強くなっている印象です。それぞれの政権が、広く知的財産権を基盤とした産業・経済政策を行っていくために、法を整備している。文化とか芸術に非常に注目が集まってきた。

 そこで元々文化政策や法ってどのようなものなのかという、最初の部分を確認しておきたい。そのうえで、今後どうしていくのかの見通しを、読者には考えてほしい。そういう場を提供できればと思って、この書物は、とりわけ法律に力点が置かれているわけです。

文化政策を「法から」見るメリット

小林 文化政策、文化行政とか、アートマネジメント系の書物はそれなりに出版されてきました。あえて法律から見るところに、どのような意味があるでしょうか。

土屋 僕は18年間自治体の職員をしてきましたが、やっぱり職員がよく考えるのは、法律や条例の中でしか動けないとか、決まりに沿ってさえいればいいやという、お役所的なこと。ところが、こと文化政策に関しては、法律をいかに積極的に解釈し、社会を良くしていくかという視点、クリエイティブなものをつくり出す発想を前提にしないと、法律が活きていかないことが、現場レベルでもよくわかるわけです。学生さんにしろ、若い自治体職員にしろ、法律によっていかに文化を活性化し、守っていくかという認識が必要だと思います。

小島 私は法学部に所属していますが、文化政策を社会実装する、最終的に社会に落とし込むときに、やはり法による規制の持つ力は非常に大きいと思うわけです。ただ、法学者として常に自戒しないといけないのは、法だけが、社会的な規制をするうえでの唯一の要素ではもちろんない、ということです。法といっても、国法もあれば条例もある。業界やコミュニティの慣習や慣行も重要です。技術によって行動が制約される、逆に可能性が開かれることもあるでしょうし、市場のメカニズムなどもある。こういうふうに、社会的な規制にはいろいろな要素が相互に関わるわけです。

 このうち、あえて法に注目することで、社会的な規制のどの部分を法が担当しているのか、どこまで担当すべきなのか、今後どういうふうによりよい政策・ルール形成を目指すべきなのかといったことについて、考える手がかりを得られるだろうと思います。

中村 私は文化政策学部にいるので、よりよい文化政策を考えるうえで、法ではできないことも踏まえつつ、法に何ができるか、法というツールをどう使うか考えることを大事にしてほしいと、授業しながら思っているところです。法学部の学生でなくても、法は、今こういうふうに世の中の仕組みとして動いているという概要を押さえる切り口として有効です。全体像をつかむ糸口になるという意味で、法という見方には可能性があると思っています。

小林 実は私がこの本を一番読んでほしいのは、人文系の人や、文化芸術の活動をしている人たちなんです。彼らが、政策や法律に関係してくるときがあるのですが、その読み方がすこし違うなと感じていました。たとえば、ある学芸員さんが、「法律に『~できる』とあったら、それはもうするものだと理解していたけれど、『実はやらなくてもいい』と聞いてびっくりした」と仰ったんです。私が、法律の文言のいわゆる文末に気をつけましょうとあえて本に書いたのも、そういう経験からです。人文系だけじゃありませんが、地方自治法で指定管理者制度を導入「できる」とされたときも、するんですね、しなきゃならないですよねと解釈するところから始まる現場に対して、もうすこし基礎を知ったうえで、自分たちが関与して変えられるところを見つけましょうという思いがありました。したがって、この本は、最初に基礎を学んだうえで、次を考えてもらうための書物として、法律の本のわりに敷居を低くつくりました。

文化のサイクルという発想

小林 文化とか芸術って、とても素敵なことに、いろいろな活動があって、一筋縄ではいかない。セクショナリズムに陥りがちな世界で、もう少しつながって、文化それ自体の発展を考える発想を入れたいと思いました。そこで、ただ法律を羅列するのではなく、文化の発展におけるその法律の位置づけを見える化しました。それが今回導入した「文化のサイクル」です。遺すことから刺激を受けて創ることがあり、それを世の中に送り出す人がいて、私たちは受け取ることができる。そしてまた何かを遺すというサイクルを回すことで、文化は発展していくという考え方です。

 多くの人たちがこれを読んで、もっとこういう行為を文化のサイクルに入れるべきだ、もっと大事なのはこういう活動だと議論してもらえればいいですね。そういう意味では最初の一歩です。これをやってみて考えたことはありますか。

小島 私はもともと、次の3つの視点から、著作権法や文化政策を分析してきました。第1に、文化的な表現の創出、媒介、享受。第2に、こういった行為に関わるアクター間でやりとりされる資源・リソース。第3に、これらから、文化政策は煎じ詰めるとパトロネージュの問題なんじゃないか、ということです。したがって、文化のサイクルは、これまでの考えとフィットしています。

 それから、もうすこし広い視座で文化芸術に関する場や組織について論文を書いたときも、この考え方は分析軸として有用だった。要するに、他でも使えるものさしだという思いを強くしましたので、この教科書で取り入れた視点で、ぜひご自身の専門領域について見直していただくと、見通しが良くなるのではないかと思います。

土屋 僕の研究対象のひとつに、1970~80年代、各地方自治体が、文化開発の名のもとに、文化会館、博物館とかのいわゆる箱物をどんどんつくっていった時期があります。行政全体を文化の視点から見直す「行政の文化化」の理念は、現在でも有効です。その具現化として文化資源をつくるのは、当時は重要でも、何にどうつながると評価する発想がなくて、やればやりっぱなし。実際に、そういったものがその後も国から補助金を受けて、違う事業に換骨奪胎されていく事例がある。文化のサイクルで回るはずのものが、違う方向に一直線に行き、行き詰まりを見せているのが、文化政策の現場の現状じゃないかと思うわけです。そういう意味で、文化政策に関わる人に、サイクルで回すことを改めて提案することが、今までの仕事を総点検してもらうきっかけになると思っています。

小林 国家公務員も、国家行政組織法の単位で事務をやっていく。他の部署がどんな法律にもとづいて何の事業をやっているかも知らない。ある国家公務員の方が、こういう横つながりでものを見られるようにする書籍は今までなかっただろうと仰ったんですね。実際、文化の政策についてまとまりを持って見たいなと思ったのがこの本の動機のひとつです。

 今たまたま、博物館、文化財保護の関係の政策と、劇場に関わっていますが、みんなセクショナリズムなんですね。文化財の人たちは博物館をよくわかっていないし、博物館の人たちは、劇場・音楽堂等をただイベントをやっている施設だと思っている。お互いの役割をわかっていない中で、限りある予算の奪い合いみたいになると、とても残念だと思いました。そこで、文化のサイクルを入れることで、総合的な視野を持てるといいと考えました。

 実は、学生たちとも文化のサイクルの絵を何回か描いてみたんです。文学部生が多いですが、文学部は特にセクショナリズムが強い領域だと思います。そういう学生が、文化っていろいろなものと交流しながら発展してきたんだよと、法律の分野でも見てわかるようになるのはすごく大事な気がしています。

中村 今思うと、この分野に関心を持ちだした早い段階で、文化のサイクルをなんとなく意識していました。非常勤先の教職科目の法律学の授業でこの教科書を使っていますが、学生の反応がすごく面白いですね。全然こういう発想はなかったというコメントが複数あって、言われないと意識しないものなのかと新鮮に感じました。

この教科書から広がる学び

小林 それでは、これ教科書なので、具体的に授業でどう活用しているか、どのような授業に取り入れてもらえるといいか、お話しいただければと思います。

中村 先程の授業で、教職課程の学生にも関心を持ってもらえると発見したところです。隣接領域で社会教育の話が入っていますし、教育法体系と文化法体系の図が、教育と文化の関係の総合的な見取り図にもなって、説明もしやすかったです。

 あと、日本語教育推進法。文化政策の教科書でここまで書いたのは画期的です。教職科目では、ここに興味を示す学生も多かったです。文化の多様性をどう考えるか、多文化共生と教育に関心がある人にも、活用してもらえる。文化政策というと、どうしても文化芸術の振興を中心に受け取られがちですが、そうじゃない切り口でも読んでもらえると思います。

小島 私は今年度から「クリエイティブ産業と文化政策」という授業を開講しました。ミュージアム、ファッション、工芸といったトピックを毎週ひとつ選んで、文化政策の観点から検討します。美術、歴史、文化財、遺産、いろいろな話が出てくるわけですが、それぞれに関係する法律がけっこう多い。この教科書を見ながら授業準備をしていると、まとまった説明があるので、私も授業をしやすいし、教科書に指定しておくと、学生もわかりやすいと思いました。来年度は指定して、該当する分野の基本的な法制度についてはここを読んでおいてねと譲ることで、見通しも良くなり、私が話したいことの自由度も上がるだろうと。いろいろな使い方ができると思います。

小林 私は、一般教養の法学の授業で指定しようと思っているのですが、小島先生と一緒で、教科書があるとやりやすいとわかりました。限られた時間の中で情報を伝えようとするときに、漏れなく伝えられるのが便利だと思いました。それはすごくびっくりしたところですね。

 実は、今まで自分がつくった教科書を指定したことがなかったんです。どう活用できるかわからなかったんです。しかし、今回は法律でまとまっているから使いやすいなというのが実感です。

中村 たしかに、教科書を使いだしてから、授業準備の時間が半分以下になりました。

土屋 この教科書は、グループワーク的なアクティブ・ラーニングにも使えると思います。教科書をつくる過程で、手作業で、紙を広げて議論しながら文化のサイクルの図をつくりました。それがすごく楽しかったと同時に、参加しながら主体的に物事を考える場になる点で、学生の教育に使えるなと感じて、実際にセミナーやゼミで活用しました。

 たとえば小発表をさせるとか、反転授業で、学生に読んできてもらったものを小グループで共有し合うとか、そのときに模造紙を使って、マジックやふせんで作業しながら進めるとか、これからの大学教育でも非常に有効に使える教科書なんじゃないかなと思います。

 もうひとつ、私は政策学系の学部にいますが、政策学系の学生って、公共政策とか福祉政策に意識が行って、文化政策を全然認識していない。同僚の研究者も、それがなんなのかわからないんですね。しかし、たとえば日本語教育推進法の先にある多文化共生とか、アイヌ施策推進法の先にあるマイノリティの権利保護とか、社会の各所に広く文化政策的な側面が存在している。社会科学系の学生にも、文化政策は身近なところに深く関わっているんだと認識してもらうために有効な教科書だと思います。

小林 政策学系の人たちに文化や芸術をもっと理解してもらうことは、すごく大事だと感じます。たとえば都市開発で重視された価値って、経済性や合理性です。しかし、コロナ後にそれは変わっていくだろうと。今日参加した別の会議で、都市計画とか情報の専門家が、これから大事にされる価値は、より良く生きる、暮らしやすくなる、そういう文化に関係するところではないかと仰って、みんな賛同したわけです。文化政策が、文化芸術の振興だけではない、広がりを持った、価値の創造に結びついてきていると実感しました。これから文化政策という領域を広く知ってもらう上で、文化政策ってなんなんだろう、これまでどうだったんだろうとざっと見通せる書物という意味でも、価値あるものになったと自画自賛したいと思います。

この本に興味を持ってくださった方へ

小林 最後に一言ずつ、読者に伝えたいことをお願いできますか。

小島 私が文化政策を学んだきっかけは、著作権制度を文化政策の他の手段と比較しながら、文化政策全体の中に位置づけていくことで、制度の果たすべき役割がより明確になるんじゃないか、という期待からでした。その目論見は間違っていなかったと思います。文化政策は幅広いので、どうしても自分が注目すべき分野に目を奪われ、セクショナリズムが出てくることは、一定程度やむを得ないかもしれない。しかしながら、文化政策全体を俯瞰することで、ご自身の関わる分野にも新たな光が当てられると、経験に照らしても思いますので、この本がそういうきっかけになればと願っております。

中村 全体の中で自分がどこにいるかをわかっているか、いないかの違いはすごく大きいです。それは政策的な視点でもそうですし、文化のサイクルという、より人文学的な視点、自分が関心を持っている芸術や文化が、世の中全体でこういう立ち位置にあるという視点を持てると、その分野、作家や作品への理解を深めることにもつながると思います。そういうマッピングが学問のポイントで、高等教育の重要な役割のひとつです。その中でどこを深めていきたいかは、さらに先の話で、参考文献やアドバンストクエスチョンから、読者の一人一人がこの本をステップにして進んでいっていただけたら嬉しいなと思います。

土屋 文化政策に将来的に携わりたい学生さんと、新しく携わった行政職員の方にぜひ読んでいただきたいのが第一ですが、中堅からベテランに至るまで、文化政策に関わる方、あるいは関連領域、たとえば観光とか都市政策の部署の方にも、幅広く読んでいただきたいです。行政の文化化は、単に文化のセクションを1個増やすのではなくて、行政全体を文化的な視点から見直す、行政改革のひとつの理念だったわけです。それは今日でも決して達成されていない。行政の文化化のひとつのツール、きっかけづくりとして、この教科書を中堅やベテランの職員の方にも読んでいただいて、行政の現場が変わっていくことを期待したいと思っています。

小林 この書物を試行的に使ってみて、文化政策に関心を持つ学生が確実にいるということを実感しました。社会の中で何らかの形で政策や事業に関わりながら、文化芸術に関わる活動をされている方に読んでいただけるといいかと思っています。ありがとうございました。

(2021年12月27日収録)

有斐閣 書斎の窓
2022年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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