政治意識研究の「王道」を行く

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大阪の選択

『大阪の選択』

著者
善教 将大 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784641149397
発売日
2021/11/11
価格
2,090円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

政治意識研究の「王道」を行く

[レビュアー] 飯田健(同志社大学法学部教授)

 有権者の政治意識・行動を研究する目的は何か。この問いに対する答えはさまざまに考えられるが、あえて一つに絞るなら、それは有権者の行動を「合理的」に説明すること、と言えるだろう。

 選挙権が拡大され、いわゆる大衆民主主義が成立して以来、有権者は常に政治エリートから主権者としての資質を疑われ続けてきた。そうした有権者に対するエリートの懐疑は必ずしも単なる偏見とは言えない。これまでの実証研究によると、概して有権者は選挙権を行使するのに必要とされる基本的な政治的知識を欠いており、一貫した政治的意見をもっていない。ときに有権者の意思決定は、冷静さを欠いた単なる一時的な感情の産物にさえ見えることもある。

 これに対して研究者たちは、有権者の行動に体系的な説明を与え、彼らが何らかの順序だった選好にもとづいて合理的に選択を行っていることを示そうとしてきた。もちろん有権者の選択は経済学が通常想定するような意味で完全に合理的ではありえないことは百も承知である。しかし、それでもあえて何らかの意味で有権者の行動に合理性を見出そうとするのは、それが代表民主制において主権者たる一般市民に対する政治家の応答性を担保するための前提となっているからである。

 選挙において安定的な選好ではなく単なる思いつきにもとづいて有権者が投票を行っているのなら、有権者は政治家の任期中の業績を評価する基準をもたず、公約を守らなかった政治家を次の選挙で落選させることができない。そうすると政治家は当然、再選されるために有権者の声に耳を傾け、その要求に応える動機をもたない。政治意識・行動を研究することはすなわち、代表民主制の機能を研究することにほかならないのである。

 以上をふまえると、本書、善教将大『大阪の選択――なぜ都構想は再び否決されたのか』はまさに有権者の政治意識・行動研究の「王道」を行く研究であるといえる。本書は2019年4月の大阪市長・府知事選挙から2020年11月のいわゆる大阪都構想をめぐる2回目の住民投票までの政治過程を題材に、善教氏の前著『維新支持の分析――ポピュリズムか、有権者の合理性か』(有斐閣)と同様、ポピュリズムとも揶揄される大阪維新の会に対する有権者の支持に合理的説明を与え、その代表民主制への含意を導こうとするものである。

 ただし本書は前著とは異なりあくまで一般書である。したがって、随所に読みやすくするための工夫が見られる。第1に、論拠となる統計分析を示すにあたり、独立変数の従属変数に対する時間的先行および両変数間の共変性からなる「因果推論のルール」を予め提示することで、分析のロジックについて読者の理解をうながす。また、統計分析は学術的に妥当な方法で行われる一方、その提示や解釈については厳密さを損なわない範囲で大胆に要約することで、専門家と非専門家両方の読者の要求に応えようとしている。

 第2に、本書は各章において一般に流布する印象論的な通説(というよりも俗説)を批判し、それに代わる独自の主張を提示し実証するという構成をとることで読者を惹きつけ飽きさせない。とりわけ善教氏の主張は各章の冒頭に簡潔に、そしてときにやや挑発的にまとめられており、これらをざっと読むだけでも本書の全体像を容易につかむことができる。

 以下、こうした維新支持にまつわる数々の通説とそれに対する善教氏の反論を切り口に、順を追って本書の内容を紹介したい。

 本書は大きく3つに分かれる。第I部では都構想をめぐる2回目の住民投票に至る「前夜」として、大阪府知事と大阪市長を入れ替える2019年4月のクロス選挙を中心に維新支持の特徴および要因が分析される。これまで大阪維新の会に対する支持については、維新の選挙での強さから一般的に「硬い」支持があると思われてきた。しかし本書によると、維新への支持は短期的に変わりやすく、熱心な支持者の割合は小さく、さらには大阪での維新支持者は国政レベルではどの政党も支持しないか他の政党を支持する割合が大きいなど、むしろ「緩い」ことがその特徴である(第1章)。

 ではなぜ維新は支持されるのか。反維新派から通説的にしばしば主張されるのが、維新の創始者の橋下徹氏が公務員を敵とみなし過激な主張を繰り返すことで有権者が扇動されたとする、いわゆるポピュリズム論である。しかしこれに対して本書は、橋下氏の支持率が時間の経過に伴い低下する一方で、維新への支持は持続するなど両者の相関が無いこと、公務員への不信や新自由主義改革への志向性と維新支持の相関は弱いこと、そしてそもそも維新は大阪だけで支持されているという地域的な特殊性から、こうした主張を退ける。

 それらに代わり本書が維新支持の要因として提示するのが、府市一体への有権者の選好である(第2章)。すなわち大阪府市が「それぞれ独立して行政を行う」のではなく、「一体となって調整しながら行政を行う」べきと考える有権者ほど維新を強く支持する。これは、東京に対する対抗意識よりも強く維新支持を規定するという。

 また、こうした府市一体への選好はクロス選の市長選挙において、維新の松井一郎氏が大阪自民の柳本顕氏を大差で下したことも説明する(第3章)。通説では、国政自民の支持者の票が割れ、柳本氏が大敗を喫した原因は本来敵であるはずの共産党と組んだことにある。しかし、本書はサーベイ実験によってこの説明を退けたうえで、府市一体への選好が強くなるほど、松井氏と柳本氏の感情温度の差が広がることを示す。

 続く第II部では、2020年10月の住民投票と前回との顕著な違いとして、序盤の賛成優位から、中盤の賛否拮抗、終盤の賛否逆転に至る世論の推移が示され(第4章)、その謎解きが行われる。通説では序盤の賛成優位は、コロナ対応で連日メディアに登場する吉村洋文大阪府知事の人気によるものと解釈されるが、本書によると吉村氏の支持率と都構想賛成率は必ずしも連動しておらず、当初高かった賛成率の背景には、2019年市長選で維新が勝ったのだから、もう一度住民投票を実施すべき、との過程に対する支持があるという(第5章)。

 また、賛成優位から賛成拮抗への変化の原因として通説では反対派の運動の活発化が指摘されるが、本書によると住民投票の期間中反対派市民の運動に対する有権者の認知度は上がっているものの、それが賛否に影響を与えたという証拠は無い。その代わりに本書が提示するのが、都構想のメリットに対する理解である。府市一体を望む有権者にとっても、維新という政党が府市を握ることですでにその状態が実現されている以上、大きなコストをかけて都構想を実現するメリットを理解するのは難しい。加えて活発化する両陣営の政治運動が有権者の都構想に関する理解に混乱をもたらした。これが、市長選への支持も含む、当初の賛成優位から徐々に賛否拮抗へと向かった原因である(第6章)。

 さらに終盤で賛否が逆転した原因については、住民投票まで1週間を切ったタイミングで毎日新聞が出した、大阪市解体に伴う具体的なコストの試算に関する報道が影響を与えたとの見方がある。しかし本書での住民投票後のサーベイ実験の結果、報道を知らなかった回答者において、毎日新聞の報道内容は賛否に影響を与えていない一方、毎日新聞の取材に対して試算を明らかにした市財務局長を松井市長が厳重注意したという情報刺激を与えることで、有意に賛成が減り、反対が増えた。これは、判断を迷っていた有権者が、躍起になって毎日新聞の報道の火消しを図る松井市長の態度を見て維新が掲げる都構想のメリットに疑問を感じた結果、反対票を投じたということを示唆する(第7章)。

 最後に第III部では、大阪が抱える課題として、2回の住民投票がもたらしたとされる有権者間の分断、および維新に代わる選択肢としての大阪自民への有権者の不信について検討が行われる。本書の分析によると、2回目の住民投票の後、維新に対する感情温度の上昇により、維新と大阪自民に対する感情温度の差が広がったという意味で感情的分極化が進んでいる(第8章)。

 また、住民投票で反対票を投じた回答者の間ですら、府市一体への選好は決して弱くなく、大阪自民の評価は低い(第9章)。すなわち大阪市の府に対する独立を主張する大阪自民は維新に代わる選択肢とはみなされておらず、いわば大阪自民は自ら維新が有権者に対して応答責任を果たさなくて良い状況を作りだしていると言える。

 以上見たように、本書は極めて明快かつ体系的に大阪の有権者の維新支持を説明し、なぜ維新に代わる選択肢としての大阪自民が支持されないのか、それが代表民主制にどのような影響を与えうるか論じている。本書では言及されていないが、こうした議論は、国政レベルにおける自民一強と弱い野党の問題にも敷衍できるだろう。

 ただし、おそらく善教氏も自覚するように方法論的にいくつか問題も指摘できる。例えば、有権者調査を用いる以上、逆の因果関係といった因果推論上の問題を完全に克服するのは難しいという点、独立変数の従属変数に対する時間的先行および両変数間の共変性からなる「因果推論のルール」はとりわけ時系列データにおいては必ずしも因果関係(が無いこと)を保証しないという点、関心のある母集団(毎日新聞報道が出る前の有権者)と明らかに異なる標本(毎日新聞報道が出た後でも報道を知らなかった有権者)に対するサーベイ実験の結果を母集団に一般化することの限界などである。

 また本書の最も重要な説明変数である府市一体への選好を測定する質問についても、府市が「独立して行政を行う」ことと「一体となって調整しながら行政を行う」ことが一次元軸上の両端に配置されるような相互に排他的な概念になっているのか、それが大阪都構想の争点を正しく代表しているのかという点でやや疑問が残る。しかしこうした問題を考慮しても、本書の主張は手堅い実証分析によって支えられており、再分析や追試を行ってもおそらく大きく結論は変わらないものと思われる。

 周知のとおり、本書脱稿後の2021年衆院選において日本維新の会は大阪だけでなく、兵庫、京都など他の関西圏、さらには東京など非関西圏でも大幅に得票を増やした。国政の維新が大阪系主導となってから初となる全国的な躍進である。当然これは大阪府市一体への選好では説明できない。善教氏には今後も鮮やかな切り口で、ありうべき維新支持の全国化について分析されることを期待したい。

有斐閣 書斎の窓
2022年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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