オデッサの花嫁 エドガルド・コサリンスキイ著

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オデッサの花嫁

『オデッサの花嫁』

著者
エドガルド・コサリンスキイ [著]/飯島みどり [訳]
出版社
インスクリプト
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784900997905
発売日
2021/12/15
価格
3,300円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

オデッサの花嫁 エドガルド・コサリンスキイ著

[レビュアー] 阿部日奈子(詩人)

◆移民の視点で眺める20世紀

 ブエノス・アイレス育ちとはいえ、作家のルーツは二代遡(さかのぼ)ればウクライナのユダヤ人に辿(たど)り着く。十九世紀末にアルゼンチンへ入植した作家の祖父母は、本短編集の表題作「オデッサの花嫁」の主人公ダニエルに重なりそうだ。そのダニエル、故郷で結婚式を挙げたばかりだが、オデッサに出てきた彼の隣に花嫁はいない。土壇場でアルゼンチンへの同行を拒まれた夫は、乗船までの数日間、悄然(しょうぜん)と港を歩く。そこに現れた一人の娘は、帽子工房で扱(こ)き使われる身寄りのない下働き。身の上を語り合ううち、非ユダヤ人の娘はユダヤ人の新妻になりすまして、別の人生を掴(つか)もうと決意する。一八九〇年春、南半球では、人手不足から入植者を募る若い共和国が、若人の活力を待っていた……。

 それから五十年経(た)った時、スターリンとヒトラーの挟み撃ちにあった欧州のユダヤ人は、出口無しの絶体絶命に追いこまれていた。多くが強制収容所で殺され、辛くも中立国ポルトガルに逃れた人々は港に詰めかける。本書の掉尾(ちょうび)を飾る「エミグレ・ホテル」は一九四〇年のリスボンが舞台だ。スペイン内戦を国際義勇兵として戦ったユダヤ人とドイツ人とアメリカ人女性の三人組。ドイツ人はナチスに抗(あらが)い国籍剥奪(はくだつ)の身だ。女は自分との結婚を手段に、男たちのうちせめて一人を合衆国へ入国させようとするが……。

 本邦初訳のコサリンスキイ。『オデッサの花嫁』を読んでの印象は、一昔前にラテンアメリカ現代文学に冠せられた評言<魔術的リアリズム>とは違っている。中欧や東欧の都市が登場し、そこでの出来事に、ユダヤ民族の歴史やアルゼンチンの国情や入植者の境遇が重ねられるといったふうで、激動の二十世紀を越境者・移民の立場から眺めている。世界を見る眼差(まなざ)しに楽観はないが、かといって小説中に名前が挙がる亡命作家ツヴァイク(ブラジルで自殺)の絶望に与(くみ)するわけでもない。うねうねと蛇行しながら息長く伸びてゆく文体が、過ちや惑いを孕(はら)みつつうねうねと続く私たちの人生を、じんわりと炙(あぶ)り出している。

(飯島みどり訳、インスクリプト・3300円)

1939年生まれ。アルゼンチン生まれの作家・映画監督。小説のほか、詩や聴き書き記録、脚本も。

◆もう1冊

イサーク・バーベリ著『オデッサ物語』(群像社)。中村唯史訳。オデッサのユダヤ人社会をきびきびした文体で描く。作者は旧ソ連の大粛清で銃殺された。

中日新聞 東京新聞
2022年3月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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