東京大空襲の戦後史 栗原俊雄著

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東京大空襲の戦後史

『東京大空襲の戦後史』

著者
栗原 俊雄 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784004319160
発売日
2022/02/21
価格
946円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

東京大空襲の戦後史 栗原俊雄著

[レビュアー] 米田綱路(ジャーナリスト)

◆被害者の苦難と国の言い訳

 一九四五年三月十日未明の東京大空襲は、瞬時にして約十万人の命を奪った。犠牲の大半は城東の下町に住む社会的弱者だ。遺体が多すぎて荼毘(だび)に付せず、多くは仮埋葬された。隅田川に架かる言問橋のたもとに建つ東京大空襲戦災犠牲者追悼碑は、そんな場所を伝える一例である。

 空襲から四半世紀、作家の早乙女勝元氏らが「東京空襲を記録する会」を作り、埋もれていた体験を掘り起こしたことで、ようやく被害の実態が明らかになる。そして同氏の『東京大空襲』から半世紀余り、同じく岩波新書で刊行された本書は、書名の「戦後史」に重点を置いて、戦後七十七年に及ぶ「未完の戦争」をつづったドキュメントだ。

 なぜ未完なのか。それはひとえに、空襲で傷つき苦しめられた民間の戦争被害者に対して国がまともな補償をしてこなかったことにある。憲法で三権分立が定められた戦後日本は、司法も立法も行政も被害者の訴えや願いを退け続け、たらい回しにしてきた。

 根底には敗戦時の東久邇宮内閣が示した「一億総懺悔(ざんげ)」の理屈があると著者はいう。為政者も庶民も同じく懺悔して責任の所在を曖昧にするこの論理は、戦後補償裁判で原告の訴えを退ける「戦争被害受忍論」と化し、被害者切り捨ての「魔刀」になるのだ。

 国は元軍人・軍属らに対してはいちはやく補償と援護をした。しかし民間人には、被害を受忍して我慢せよとの態度を変えない。この差別と対応の矛盾を問い、責任を追及する動きが本格化するのは戦後かなりたってからだ。高齢化する生存者は、残された時間と闘いながら訴訟を続け、国会議員に働きかけてきた。

 政府は「雇用者責任論」を盾に補償を拒む。戦中は住民に空襲の消火義務を課して逃亡を禁じながら、戦後は雇用関係にないと逃げた。被害者が求める死者の人権と人間性の回復も置き去りにした。

 「誰も謝罪しないし、補償もしない。被害だけが宙に浮いている。戦争は未完なのだ」。本書は被害者の苦難の歩みを刻み、私たちの無知と無関心を戒める紙碑である。

(岩波新書・946円)

1967年生まれ。毎日新聞記者。著書『戦後補償裁判』『「昭和天皇実録」と戦争』など。

◆もう1冊

早乙女勝元監修、東京大空襲・戦災資料センター編『決定版 東京空襲写真集』(勉誠出版)

中日新聞 東京新聞
2022年3月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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