それはカウンセリング+ミステリー 人の心の内側を散策する職業

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読書セラピスト

『読書セラピスト』

著者
ファビオ・スタッシ [著]/橋本 勝雄 [訳]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784488016791
発売日
2022/02/19
価格
2,310円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

それはカウンセリング+ミステリー 人の心の内側を散策する職業

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 仕掛けに満ちた小説だ。舞台はローマ。主人公ヴィンチェは教員採用の結果待ちの元国語教師、つまり目下失業中というわけで、少しでも稼ごうとアパートのドアに「読書セラピスト」のプレートを掲げる。

 この読書セラピストという職業、著者の創作物かと思いきや、実在するらしい。カウンセリングしてクライエントにふさわしい小説を紹介するのだ。本の知識が豊富でないと出来ないが、ヴィンチェはその点は問題ない。ホテルのフロント係をしていた母が客と一夜の関係を持って出来た屈折した生い立ちゆえに、人生の慰めを本のみに求めてきた。文学には感動するけれど、生身の人間関係にはいたってクールで、恋人も愛想をつかして去っていったほど。

 順調とは言えないまでも訪ねてくる人はいて、ぎこちないセラピーが開始したある日、同じアパートに住む老婦人が失踪する。その夫に殺人容疑が掛けられるが、人殺しをしそうな人には見えない。夫人は小説好きで読書リストを残していた。それを手がかりに事件の謎解きをするという具合に、人の悩みを聞いて本を紹介するという風変わりな商売にミステリーの要素が絡みあうところがミソである。

 クライエントに加えて、建物の管理人でペルー人のガブリエル、本屋の店主エミリアーノ、図書館勤めのマルタなど、彼を巡る人間との関わりが断章のように描かれていき、そこに本の話(ちょっと音楽の話も)が挟み込まれる。「ローマの散歩はきまった目的地を持たないままどこかに向かって進むようなものだ」と主人公は語るが、本書も同様に人の心の内側を散策するように進んでいく。

 随所にちりばめられた箴言風のセリフも魅力的で、眼鏡屋で働いているというクライエントは「夢は、わたしたちの後ろにあるものを前にあるかのように見せてくれる特別な眼鏡」とうまい表現をする。毎晩一章ずつ読むのもよし。本のリスト付き。

新潮社 週刊新潮
2022年3月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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