カネはないがビジョンはある。ビンボーを全身で肯定した冒険記

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ホームレス女子大生川を下る―inミシシッピ川

『ホームレス女子大生川を下る―inミシシッピ川』

著者
佐藤ジョアナ玲子 [著]
出版社
報知新聞社
ISBN
9784831901712
発売日
2021/11/01
価格
1,300円(税込)

カネはないがビジョンはある。ビンボーを全身で肯定した冒険記

[レビュアー] 角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家)

 米国に留学中の女子大生が、アルバイト先が決まらず、川沿いでテント生活をはじめた。事実上のホームレスだ。しかしそこで彼女は超ポジティブ思考を発揮し、どうせテントで生活するならと、とんでもない旅を実行する。カヤックによるミシシッピ川三千キロの川下りだ。なぜ川下りなのか、というと、四大文明の発祥はすべて大河の近くだから。じつに壮大なビジョンの持ち主なのである。

 でもカネがない。なので人に頼る。おなじようにカヌーで旅する人と友になり、リバーエンジェルと呼ばれる協力者の助力をえながら、本当にメキシコ湾まで下ってしまった。

 気宇壮大な大冒険物語という仕立てではない。中心に描かれるのは人との出会いである。好奇心が旺盛で物怖じしない性格の彼女は、一期一会の交流のなかに、米国の精神そのものを見出してゆく。大自然と工業地帯のど真ん中を流れるミシシッピ川は米国の社会と文化を生みだした母胎であり、その流域での生活に飛びこむことで、通り一遍の旅行案内書には描かれることのない米国の素顔を発見するのである。

 彼女の自由をもとめる精神に、私は共感した。政治的正しさや効率性、公益性ばかりが要求される時代に彼女は息苦しさをおぼえる。根底にあるのは、本当に豊かな人生とはそのような正しさから生まれるものなのか? むしろそれにのみこまれたら自分の人生をつかみ損ねるのでは? という反抗だ。この旅に突き動かされた真の理由は社会に対する責務ではなく、自己に対する責務だ。そして彼女は旅の途中で本当に夢を見つける。

〈天国がもし本当にあるとしたら、それはきっと、欲しいものが何でも手に入るような贅沢パラダイスなんかではなくて、何もない場所なんじゃないかと思う〉。こんなことを書いてのけた彼女の人生は前途洋々だ。心にこびりついた大人の汚れを洗い流してくれる清新な青春記。

新潮社 週刊新潮
2022年3月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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