【解説:河合祥一郎】虚構内虚構が冴える渡る!ゴシックホラーの代表作「アッシャー家の崩壊」【文庫巻末解説】【新訳『ポー傑作選』2ヶ月連続刊行記念 連載第3回】

レビュー

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黒猫

『黒猫』

著者
Poe, Edgar Allan, 1809-1849河合, 祥一郎, 1960-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041092439
価格
836円(税込)

書籍情報:openBD

虚構内虚構が冴える渡る!ゴシックホラーの代表作「アッシャー家の崩壊」【エドガー・アラン・ポーの謎に迫る解説 連載第3回】

[レビュアー] 河合祥一郎(英文学者、東京大学大学院総合文化研究科教授)

■新訳『ポー傑作選』2ヶ月連続刊行記念!
エドガー・アラン・ポーの謎に迫る解説 第3回【全5回連載】

河合祥一郎による、エドガー・アラン・ポー新訳『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』が先月に発売されました。また3月23日(水)に『ポー傑作選2 怪奇ミステリー編 モルグ街の殺人』も発売されます。
これを記念して、文庫巻末に収録されている「作品解題」や人物伝、そして、研究者やファンの間で長年にわたり解明されてこなかった、ポーの奇怪な死の謎に迫る解説を一部抜粋して、全5回の連載でご紹介します。

第3回はゴシックホラーの代表作「アッシャー家の崩壊」について。ポーお得意の虚構内虚構が描かれます。初版と改訂版の違いについてもご紹介します。
ぜひ本選びにお役立て下さい。

▼第1回はこちら
https://www.bookbang.jp/review/article/728645
▼第2回はこちら
https://www.bookbang.jp/review/article/728641

ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫 著 エドガー・アラン・ポー  訳...
ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫 著 エドガー・アラン・ポー  訳…

■ 「アッシャー家の崩壊」“The Fall of the House of Usher”(1839)

(『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』文庫巻末)

解説
河合祥一郎

 ゴシック小説の代表作。初出は、一八三九年九月発行の『バートンズ・ジェントルマンズ・マガジン』誌上。
 エピグラフは、ポーと同時代のフランスの抒情詩人ピエール=ジャン・ド・ベランジェ(一七八〇~一八五七)の詩“Le Refus”よりの引用だが、頭の Mon(私の)を Son(彼の)に変更している。
 作中の詩「呪われた館(The Haunted Palace)」はネイサン・ブルックスの雑誌『アメリカン・ミュージアム・オブ・サイエンス・リタラチャー・アンド・ザ・アーツ』(一八三九年四月)にポーが発表したもので、本作の初版には既に組み込まれている。
 アッシャーの人物像は、ゴシック小説の伝統に則ったものであり、例えばワシントン・アーヴィングの『旅人の物語』(一八二八)第一部「神経質な紳士の奇譚」に収められた「ドイツ人学生の冒険」の設定などが参考になる──主人公ゴットフリート・ウルフガングは幻視家で昂奮しやすい性格であり、隠遁生活を送り、偏った本ばかり読んで心身を病み、想像力が病気に罹っていた。幻想的瞑想や霊的存在に耽って、ついにはスウェーデンボリのように、自分自身の精神世界に閉じ籠もってしまう。ウルフガングはパリを訪ね、墓の中に住むという黒衣の美女と出会い、永遠の愛を約束し合うのだが、一夜明けてみると美女はギロチンで首を斬られた死者であるとわかるという話。
 181ページの原注にある「ワトソン」と「ランダーフ主教」は同一人物であり、そこに挙げられた書籍 Chemical Essays, 5 vols(London: Evans, 1789)の著者ケンブリッジ大学教授リチャード・ワトソン(一七三七~一八一六)は、二十七歳で化学の教授に、三十四歳で神学の教授になり、その後教会の職に就いて一七八二年にランダーフ主教となって死ぬまでその地位にあった。この『化学論集』第五巻では植物に知覚機能があるかどうかを、花を太陽のほうに向けるヘリオトロープや瞬時に葉を動かすハエトリグサを例に論じている(一三八~四三ページ)。英国の医師トマス・パーシヴァル(一七四〇~一八〇四)は『植物の知覚力についての考察』(一七八五)の著者。パヴィア大学の博物学教授ラザロ・スパランツァーニ(一七二九~九九)の『動植物博物誌』(英語初版一七八四、第二版一八〇三)は主要な大学図書館には必ず所蔵されている重要文献。
 以上のように、本作にさまざまに引用される著作はほとんど本物だが、そのなかにこっそりポーがまぜこんだニセモノがある。最後に劇的な役割を担うサー・ラーンスロット・キャニングの『狂乱の会合』がそれだ。主人公の名「エセルレッド」はスコットの『アイヴァンホー』から借りてきたものだろう。物語のクライマックスとぴたりと合わせるためには、物語の虚構性と一体化している必要があったが、いかにもそれらしい虚構内虚構を作るのだから流石ポーである。ちなみに虚構内虚構はポーのお得意とも言えるかもしれない。
 アッシャー兄妹は外見もそっくりの双子に設定されており、174ページにある「彼女を見たとき、私はびくっとして仰天した──が、その理由はわからない」という表現は、初版、再版(一八四〇)、三版(一八四二)では、「彼女を見たとき、私はびくっとして仰天した──その姿、その雰囲気、その顔つき──すべて細部に至るまでまさしく、私の隣に座るロデリック・アッシャーとそっくり同一(ほかに適切な語がない)、同一だったのだ」となっていた。ポーは、これではネタバレが早すぎるとして改訂し、合わせて184ページも「兄妹が驚くほどそっくりなことに、私は改めて気づいた→私は初めて気づいた」と改訂したのである。本書で訳出したのは、マボット教授が採用した改訂後の四版(一八四五)である。相通じ合う兄妹は、一方が他方の「写し」であり、一方が死ぬとき他方も同時に死ぬ──「ウィリアム・ウィルソン」と同様に。そうしてアッシャー家が滅亡するとき、妹が兄の上に覆いかぶさったように、ロデリックの精神と一体化した異様な家は、家の「反映」である湖へ崩れ込み、二つが一体となる──新プラトン主義の大宇宙と小宇宙の呼応のような壮大さこそが、本作のゴシック性の特徴だ。崩れる家が湖に吞み込まれる際に、「長く激昂した絶叫が、一千の波の音のように響き渡った」のは、既に絶命している兄妹の絶叫ではなく、家と湖の絶叫であろう。メエルシュトレエムの大渦巻が「天に向かって」あげる「苦悶の声」(111ページ)、「天に向けて発せられる絶叫」(127ページ)と同じである。
 後代に与えた影響は甚大であり、さまざまに翻案されている。オペラ化では、ドビュッシーが一九〇八~一七年に作曲を試みたが未完。その他のオペラには、ゴードン・ゲティ作曲(二〇一四)、ピーター・ハミル作曲(一九九一)、フィリップ・グラス作曲(一九八八)などがある。映画化は数えきれない。やや新しいものを少し挙げておくと、デイヴィッド・デコトー監督映画(二〇〇八)、ヘイリー・クローク監督映画(二〇〇七)、ケン・ラッセル監督映画(二〇〇二)、ジェス・フランコ監督映画(フランス、一九八八)など。音楽では、アラン・パーソンズとエリック・ウルフソン率いるアラン・パーソンズ・プロジェクトがリリースしたアルバム『怪奇と幻想の世界──エドガー・アラン・ポーの世界』(一九七六)には、「アッシャー家の崩壊」のほか「大鴉(レイヴン)」「アモンティリャードの酒樽」「告げ口心臓」なども収められている。
 なお、「各種の幻想文学論を満足させる「キーワード」がほとんど全部と言っていいほど贅沢につぎこまれた逸品、それが『アッシャー家の崩壊』である」(「きみを、どこかにアッシャー・イン」、『痙攣する地獄』(作品社、一九九五)所収)と喝破した高山宏の一連の著作も参照のこと。

(第4回「世界初の推理小説「モルグ街の殺人」! 既訳では訳されてこなかった道筋」、第5回「未解明だった、ポーの奇怪な死の謎に迫る!」は3/27(月)に公開されます)

■作品紹介

虚構内虚構が冴える渡る!ゴシックホラーの代表作「アッシャー家の崩壊」【エド...
虚構内虚構が冴える渡る!ゴシックホラーの代表作「アッシャー家の崩壊」【エド…

ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫
著 エドガー・アラン・ポー
訳 河合祥一郎
定価  836円(本体760円+税)

この猫が怖くてたまらない――戦慄の復讐譚「黒猫」を含む傑作14編!新訳
おとなしい動物愛好家の「私」は、酒に溺れすっかり人が変わり、可愛がっていた黒猫を虐め殺してしまう。やがて妻も手にかけ、遺体を地下室に隠すが…。戦慄の復讐譚「黒猫」他「アッシャー家の崩壊」「ウィリアム・ウィルソン」「赤き死の仮面」といった傑作ゴシックホラーや代表的詩「大鴉」など14編を収録。英米文学研究の第一人者である訳者による解説やポー人物伝、年譜も掲載。
あらゆる文学を進化させた、世紀の天才ポーの怪異の世界を堪能できる新訳・傑作選!

●傑作ゴシックホラー+詩
赤き死の仮面 The Masque of the Red Death (1842)
ウィリアム・ウィルソン William Wilson (1839)
落とし穴と振り子 The Pit and the Pendulum (1842)
大鴉(詩)The Raven (1845)
黒猫 The Black Cat (1843)
メエルシュトレエムに呑まれて A Descent into the Maelstrom (1841)
ユーラリー(詩) Eulalie (1845)
モレラ Morella (1835)
アモンティリャードの酒樽 The Cask of Amontillado (1846)
アッシャー家の崩壊 The Fall of the House of Usher (1839)
早すぎた埋葬 The Premature Burial (1844)
ヘレンへ(詩) To Helen (1831)
リジーア Ligeia (1838)
跳び蛙 Hop-Frog (1849)
 作品解題
 数奇なるポーの生涯
 ポー年譜
 訳者あとがき

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000043/
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KADOKAWA カドブン
2022年03月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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