二律背反のアリバイ、ITを駆使した仕掛け……この春読むべき、話題のミステリ3作とは

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  • 時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2
  • 午前0時の身代金
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[本の森 ホラー・ミステリ]『時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2』大山誠一郎/『午前0時の身代金』京橋史織/『クラウドの城』大谷睦

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 大山誠一郎『時計屋探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2』(実業之日本社)は、二〇一八年に発表された『アリバイ崩し承ります』の続篇で、アリバイ崩しが題材の短篇ミステリを五篇収録。前作は『2019本格ミステリ・ベスト10』の一位を獲得し、また、TVドラマ化もされた好短篇集だ。今回もまた那野県警捜査一課の新人刑事が、地元の美谷時計店――アリバイ崩しを請け負う、おそらく日本で唯一の時計店――の店主である時乃にアリバイ崩しを依頼するというスタイルが貫かれている(最終話は別)。第一話はアリバイ崩しとはなんぞやをシンプルに表現し、第二話では、一転して五〇〇名の証人という大風呂敷を拡げる(もちろん大人数であることに意味もある)。頁数の多い第三話には、アリバイを持つ容疑者が三人登場し、犯人当ての魅力も盛り込まれている。しかも連続殺人だ。第四話では、那野県で起きた殺人事件の容疑者が、同じタイミングで東京で起きた殺人事件の容疑者でもあるという謎が示される。同時に離れた二箇所では人を殺せないという“二律背反のアリバイ”なのだ。そして第五話は時乃の高校時代の物語で、時乃が抱えた謎を祖父が解く。という具合に、本書の五篇はそれぞれに個性的だ。しかも、犯人が用いたトリックがいずれもシンプルで効果的に機能していて冴えている。そのうえで、そのトリックを時乃や祖父が見抜くロジックも美しい。決め手となる盲点/着眼点がとにかく巧みに設定されているのだ。大満足の一冊である。

 続いて新人賞受賞作を二冊。まず、新潮ミステリー大賞受賞作の京橋史織『午前0時の身代金』(新潮社)は、女子学生を誘拐した犯人が一〇億円の身代金を要求するという事件を、被害者の法律相談に乗っていた新米弁護士の視点から描いている。この作品、まずはクラウドファンディングでの身代金要求という着想の妙に惹かれるのだが、それを実現するためのIT事業者の葛藤もスリリングに描いており、単に流行の素材を利用しただけで終わっていない。また、誘拐事件を軸としつつも次から次へと事件の様相が変化し、新たな刺激が読者を襲い続ける展開も秀逸。最後の問いかけも人間社会に深く刺さるもので、余韻も十二分に深い。

 大谷睦『クラウドの城』(光文社)は日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。イラクで心に深い傷を負った元傭兵の男が主人公。北海道に建設中の外資系データセンターで警備員としての職を得た彼が、そこで起きた密室殺人に挑む。戦場及びIT分野での国際感覚と、ITも駆使して構成された密室殺人の謎が組み合わさり、そこにこの舞台ならではの謎解きと活劇が加わり、さらに男と恋人の関係にも筆が費やされていて盛り沢山だが、それらが一つの長篇のなかに破綻することなく共存している。

 京橋史織と大谷睦。ともに力量と現代性を感じさせる新人の登場を喜びたい。

新潮社 小説新潮
2022年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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