『砂嵐に星屑』
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『弊社は買収されました!』
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[本の森 仕事・人生]『砂嵐に星屑』一穂ミチ/『弊社は買収されました!』額賀澪
[レビュアー] 吉田大助(ライター)
ネット広告が二兆円を突破し、テレビの広告費を抜き去ったのは二〇一九年のことだ。メディアの王様の座は入れ替わり、テレビ業界は今や「過渡期」と言わざるを得ない状況にある。一穂ミチ『砂嵐に星屑』(幻冬舎)の舞台となったローカル局・なにわテレビも、その渦中にある。
春夏秋冬、全四章構成の連作集だ。四〇代前半の「女子アナ」は同性の新人アナと幽霊退治に臨み、二〇代のタイムキーパーの女性は業界飲みで知り合ったゲイの男友達に恋をして、三〇代のAD男性は過去の傷を持つ若手お笑い芸人の密着ドキュメンタリーを担当することになり……。テレビを媒介とした、さまざまな「二人組」の関係が描かれていく。
この業界における「過渡期」の空気が最も色濃く出ているのは、第二話(「〈夏〉泥舟のモラトリアム」)だ。ニュース番組のデスクを務める五〇代の中島は、地震の影響で通勤手段を失い、西宮から徒歩で職場を目指す。その道すがら、「できる」と言われるタイプではなかった己の仕事ぶりと、テレビ業界の変遷を振り返ることになる。
今やこの業界は「泥舟」だ。しかし、彼なりのテレビマンとしての矜持があり、役割がある。「中島みたいなやつがおってくれんと、ほんまに沈没する」と、舟から降りることにした同僚は言う。「俺はお前の真っ当さに何度となく助けられたし、こっそり自分を恥じた。どんな組織にも、お前みたいな人間が絶対に必要なんや」。物語内で中島と「二人組」になる反抗期の娘のテレビ批判を、最後に笑って流せるようになる彼の姿が頼もしい。
額賀澪『弊社は買収されました!』(実業之日本社)の舞台も、過渡期と呼ぶほかない混乱と喧騒の真っ只中だ。老舗メーカー・花森石鹸が、外資系トイレタリーメーカー・ブルーアに買収されたのだ。会社は一緒になったものの、かつて競合していたが故のライバル心やプライドにより、両者は水と油で混じり合わないまま。そこで活躍するのが、旧花森石鹸の総務部員・真柴忠臣だ。総務部は目に見える利益を生む部署ではなく、あらゆる部署をサポートする「何でも屋」だ。その仕事にやりがいを抱いている彼だからこそ、社内の分断を繋げていくことができる。彼もまた組織を滞りなく回していくうえで重要な、「真っ当さ」の持ち主なのだ。
実のところ、総務部員にできることには限界がある。買収から百日の節目に新社長のターナーが命じたのは、「ブルーア花森としての、新商品の開発」。それゆえ忠臣は物語から一旦退場の憂き目にあうのだが……ラストで激アツの展開が待っている。
物語が終わっても、ブルーア花森の「過渡期」は続く。いや、考え方次第では、全ての今が「過渡期」なのだ。そう思うことから、人生のアップデートは始まるのかもしれない。