納棺師が考える“お別れの達人”とは?

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最後に「ありがとう」と言えたなら

『最後に「ありがとう」と言えたなら』

著者
大森 あきこ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103542612
発売日
2021/11/17
価格
1,485円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

納棺師が考える“お別れの達人”とは?

[レビュアー] 浜美枝(俳優・ライフコーディネーター)

「納棺師」。漠然と知ってはいましたが、当事者の思いや心の襞を覗けたのは初めてのことでした。

 著者の大森あきこさんは納棺師になる前は、保険会社で法人向け営業の仕事をしていました。

 彼女の転機は父親の死がきっかけでした。ろくに看病もせず、お別れの仕方も誰も教えてくれなかったと、後悔の念が強く残りました。大森さんは、「今の時代、多くの人は『死』という出来事を遠ざけてきたためか、大切な人とのお別れ」ができないのだと感じたそうです。そして父の納棺式に出席し、多少とも救われた気持になったことがきっかけとなり、納棺会社に転職する決意を固めました。彼女が38歳の時でした。

 本書は、大森さんが納棺師になって以来、4000人を超える方々のお別れのお手伝いをしてきたドキュメントです。ここには、悩み、苦しみ、そして穏やかな微笑みなど、彼女の心情が正直に綴られています。

 10年を超える納棺師の経験で彼女が得たものは実に鋭く、そして頷けるものです。「残された人にとって、亡き人の存在を感じることは、生きるための理由になる」。だから、「大切な人が亡くなっても、今までとは形を変えて、また一緒に歩んでいく」。彼女は、それができる人を“お別れの達人”と名付けました。つまり、亡くなった人との時間を振り返ること、なのですね。

 彼女は言います。「ひつぎ」の漢字は2つある。中身が空だと「棺」、そして、ご遺体が入ると「柩」になると。でも、「柩」にはご遺体に加えて何を入れるのか? 「その人の人生が詰まった宝箱」? そこではたと気づきます。「亡くなった人の宝箱ではなく、一緒に過ごした時間と思い出が詰まっている、残された人の宝箱」なのだと。

 心配りの納棺師が得た実感は、まさに至言なのでしょう。

 彼女は友人と飲みすぎ、自宅の玄関先で寝入ってしまうこともあると告白します。それを見た長男は、「死んでるかと思った」と言いつつ起こしてくれたそうです。肝っ玉母さんと繊細な気遣いが見事に調和する女性。10年を超える納棺師人生で得た貴重な体験は、亡くなった方と残った人との新たな関係を繋ぐ“虹の架け橋”が満載された本となって結実しました。

 5歳になる私の孫は、私が身につける真紅のセーターがとてもお気にいりのようです。納棺の折は、それを着せていただこうかしら? いえ、決めるのは、子や孫たちでしたよね。また一つ、楽しみと期待が増えました。

新潮社 週刊新潮
2022年3月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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