『ミーツ・ザ・ワールド』
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腐女子系銀行員とキャバクラ嬢の共有したい思いとは
[レビュアー] 伊藤氏貴(明治大学文学部准教授、文芸評論家)
タイトルは、普通に解釈すれば「世界に出てゆく」という意味だが、ここでは「世界(の要求)に合わせる」とも読める。
擬人系BLにはまる二十七歳、腐女子の銀行員・由嘉里は、恋愛経験も性体験もないまま、果敢に婚活パーティーに参加し、「世界へ出て」ゆこうとする。しかし、それは自ら心底望んでというよりは、母親の小言や世間の常識に背中を押されてのことではなかったか。だからこそ、撃沈し、悪酔いもする。そしてその末に歌舞伎町の路上で自らの吐瀉物にまみれて倒れているところを、通りすがりのキャバクラ嬢・ライに助けられ、自宅で介抱される。
美人のライは恋愛経験も豊富で、由嘉里から見れば憧れの存在だが、だからこそ恋愛を「地獄」だと言い、傍からは特にこれといった理由は見当たらないものの、希死念慮に囚われている。生きることに投げやりなのは、部屋の汚さにも現れているが、その汚部屋に同居させてもらうことになった由嘉里は、自分とは正反対のライに少しずつ惹かれるようになり、今度は自分がなんとかライを救おうとする。
由嘉里が真に「世界へ出る」第一歩を踏み出すのはこのときだ。ライが頼んだわけではなく、「救う」などというのはおせっかいで傲慢な振舞いかもしれない。それでも一方的に手を差し出さずにはおれない。
異質な他者と出会い、その人と時間と空間を共有したいという思いこそが「世界」のはじまりだと、由嘉里は気づいたはずだ。しかしこれまで二次元ばかりを向いて生きてきた由嘉里の言動は空回りし、ライは結局、由嘉里の前から姿を消してしまう。
ライが完全に退場し、「世界」が終わってしまうことのないために、由嘉里は「世界」のどのような要求に応えなければならないのだろうか。恋愛や結婚、友情などのことばには単純に還元できない、人と人との根源的な関係に迫っている。