『チェレンコフの眠り』
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たぶん何かの頂点に到達したアザラシ小説の名作!
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
絶滅したはずのシロクマを夜の工場で目撃する――そんな印象的な場面で始まる奇天烈なデビュー作『レプリカたちの夜』が出たのは7年前。新潮ミステリー大賞受賞作なのに、選考委員の伊坂幸太郎が「ミステリーかどうかなんて気にならないくらいよかった」(大意)と帯で絶賛したのは今も語り草になっている。
本書はその著者の第三長編。今回は、カバーにでっかく描かれたヒョウアザラシのヒョーが主役を務める。
ヒョーは、マフィアの大物、シベリアーリョ・ヘヘヘノヴィチ・チェレンコフのペットとして、豪壮な邸宅〈生命線プラザ〉で安楽に暮らしていた。だが、小説の冒頭、武装警官隊の急襲でボスがあえなく射殺され、苦難の日々が始まる。
贅沢に慣れ、泳ぎも忘れたヒョーは、かつてボスにプレゼントされたアザラシ専用電動ゴルフカートでなんとか町までたどりつき、シーフードレストラン〈超ヒット日本〉の調理場で働き始める。仕事は、食材のオウムガイや三葉虫やカブトガニをひれで叩き殺すこと。オウムガイは「殴らないでくれ……」と訴えてくるが、「仕事なんだ。殴れと言われてるのさ」と弁解するヒョー。「仕事なら殴るのか……」「食べていかなきゃいけないんだ」「殴ると食べていけるのか……」「そうだ」「殴ってどうするんだ……」「殺すんだ」などなど(改行略)。
やがてうさんくさいプロデューサーにスカウトされ、歌手としてレコーディングに臨むが……。
絶妙すぎるネーミングとシュールなコントみたいな会話がすばらしい。ペーソスと詩情に溢れた物語が行き当たりばったりに進むうち、終末SFじみた世界の姿が少しずつ見えてくる。と言ってもべつだんSFになるわけではなく、幽霊が出てきたり活劇があったり壮大なテーマが語られたり。個性を極めて、たぶん何かの頂点に到達した、おかしくも物悲しいアザラシ小説の名作だ。