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鎌倉幕府誕生、そして崩壊。騒乱の時代を重層的に描く戦中派作家の肚のくくり方
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
今年はNHK大河ドラマの影響もあって、鎌倉時代に材を得た作品の刊行・復刊が多い。
鎌倉ものでまず指を折るのは永井路子の第五十二回直木賞受賞作『炎環』(文春文庫)である。作品は四部からなる連作の形をとり、各篇の登場人物が権力の座を目指し「一人一人が主役のつもりでひしめきあい傷つけあううちに、いつの間にか流れが変えられてゆく―そうした歴史というものを描くために一つの試みとして」連作の形がとられているという訳だ。
その手法が、総体としては鎌倉幕府の誕生から崩壊までの歴史を重層的に捉える事を可能としている。また源実朝暗殺の黒幕に関する指摘は、歴史家の上を行くものとして知られており、石井進は『日本の歴史7鎌倉幕府』(中公文庫)の中でこの事を大変高く評価している。
永井はボロボロになるまで読み込んだ『吾妻鏡』を、北条氏サイドに片寄った記録が多く信用出来ないとして、「戦時中の『大本営発表』を経験している我々には、そのカラクリが透けて見えるのだ」と述べている。
その永井路子の『寂光院残照』が復刊された。表題作は『平家物語』でも知られる大原の寂光院で隠棲している建礼門院のもとへ後白河法皇が御幸するという場面を、永井流にアレンジし、そこに戦中派の歴史観を滲ませたものだ。はじめに法皇の応対に出た語り手の侍女が「この方がここにおいでになったというそれだけで、かつてなさったことのすべてが水に流される―そんなことがあってよいものだろうか」と思い、しかしもう一人の侍女が「御来臨をいただいたというそのことだけで、もう有頂天」になるほどの存在である法皇―平家と源氏を手玉に取り騒乱の時代を生きてきたその姿は、まさに十五年戦争を生き延び、戦後平然として戦没者の慰霊に現われる象徴天皇そのものではないか。作者はそう言いたいのであろうし、それだけの肚(はら)のくくり方をしているのだ。
その中から聴えてくる戦中派の平和への祈りこそを私たちは聞くべきであろう。