監視兵の目を盗み墓標に記した氏名と生年月日

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収容所から来た遺書

『収容所から来た遺書』

著者
辺見 じゅん [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784167342036
発売日
1992/06/10
価格
715円(税込)

書籍情報:openBD

監視兵の目を盗み墓標に記した氏名と生年月日

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

 書評子4人がテーマに沿った名著を紹介

 今回のテーマは「墓」です

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 ソ連による抑留を経験した画家・香月泰男の「シベリア・シリーズ」と呼ばれる作品群に《埋葬》と題した一枚がある。ほとんどの作品がほぼ黒と土色の画面であるのに対し、この絵は明るい色彩で描かれている。

 香月によれば、収容所で亡くなった同胞の埋葬はあまりに痛ましく、ことさら暖かく明るく描いたという。

 辺見じゅんのノンフィクション『収容所から来た遺書』の主人公・山本幡男は、9年に及ぶ収容所生活中に、ハバロフスクで亡くなった。

 文化の力を信じて収容所で句会を催し、必ず帰国できると仲間たちを励まし続けた山本。彼が家族に遺したノート15頁におよぶ4通の遺書を、仲間たちは手分けして暗記するという方法で日本に持ち帰った。文字の書かれた紙を持ち帰ることは許されなかったのだ。

 生還した仲間に取材を重ねて書かれたこの作品に、山本の遺体を埋葬する場面がある。木の墓標に書いてよいのは整理番号のみだったが、仲間の一人が監視兵の目を盗んで、氏名と死亡年月日を鉛筆で書き入れる。

 見つかれば懲罰はまぬがれないこの行為は、死者を悼む思いの発露であると同時に、人間が名前という最後の尊厳まで奪われ、消耗品のように死んでいくことへの抗議だったのではないだろうか。

 厚生労働省の資料によると抑留された日本人は約57万5000人、抑留死亡者は推計約5万3000人(モンゴル除く)。そのうち約2万1000人の名前が特定できていないという。

新潮社 週刊新潮
2022年3月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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