『ミトンとふびん』吉本ばなな著(新潮社)

レビュー

6
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ミトンとふびん

『ミトンとふびん』

著者
吉本 ばなな [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103834120
発売日
2021/12/22
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『ミトンとふびん』吉本ばなな著(新潮社)

[レビュアー] 南沢奈央(女優)

喪失抱く旅 滋味深い愛

 春は出会いと別れの季節、と言うけれど、たいせつな人との別れは突然やってくるものだ。本書では、そのような経験をして心にぽっかり穴があいている主人公たちが描かれる。もう一つ、六つの短編に共通しているのは、「旅」だ。金沢、八丈島。台湾、香港、フィンランド、イタリア――と異国の地も舞台となる。

 台湾が舞台となる「SINSIN AND THE MOUSE」が個人的には好きだった。主人公は30歳の<私>。二人暮らしでずっと看病をしていた母親を亡くし、傷も癒えぬまま、友人のライブを見に台湾に行く話だ。旅先でもふとしたことで母親を思い出してしまう。お土産を買う相手がいない、メッセージを待ってくれている人はもういない。失ったことを、ことあるごとに実感する。そんな折、かわいらしい顔で体が大きい“シンシン”と出会う。新しく巡り合い、関係を築くこと。それはまた失うことにもつながる。それでも彼の孤独な過去からくるあたたかさに触れ、<私はここから歩いていくんだ>と悲しみや恐怖から解放されていく――。

 他5編も喪失をテーマにしながら、「生きている証し」を見つけていく物語になっている。人と出会うこと、気持ちを伝えあうこと、微笑(ほほえ)みを交わすこと、「今」を積み上げていくこと、「たこ焼きが楽しかった」という思い出を共有すること。すべて、生きている人にしかできないことだ。その奇跡がじんわりと胸に染み入る。

 また、一冊を通して、「愛」の正体に近づこうとしている気がした。捉えるのはむずかしいし、言葉を尽くすとくどくなる。だが本書では人間同士に生まれる愛が、軽やかに、そして美しく、追求される。<羽衣のようなオーロラのようなもの>。でも確かにそこにある、と気づかされる。

 「この本が出せたから、もう悔いはない。引退しても大丈夫だ」と著者が言い切るほどの作品。とても滋味深い世界が広がっていた。

読売新聞
2022年3月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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